Chat Noir -黒猫と私- Deux(2nd)
黒猫と女子高生 その②
自分に足りないもの。
それは自信?それとも信じる気持ち?
P.5
黒猫と温泉旅行を決めるためにおうちデートしようと思ったのに、
黒猫の幼馴染のカリンちゃんが喘息の発作を起こして、黒猫はカリンちゃんに付き添ってる。
黒猫のためにご馳走作ったのに、無駄になっちゃったし、
旅行のためのボディー作りのため禁酒しようとしたけど無理だったし……↓↓
どうしたらカリンちゃんやロシアン葵ちゃんの存在に怯えなくて済むのかな。
黒猫とお付き合いしている間は一生付き纏う問題なのに
きっと解決策なんてないのに
でもどうしようもなく苦しくて悲しいんだ。
黒猫……倭人―――
近くに居てよ。私を抱きしめてよ。
「大丈夫だ」
って囁いてよ。
そしたら私、「大丈夫だ」って思えるから。
だけど実際倭人は私の近くにいなくて、不安な夜を一人で過ごすことになってる。
どうしたら―――…
そんなことを考えながら眠りについたからかな…
すぐ目の前に黒猫が…
ううん、倭人が居て―――私は思わず彼に手を伸ばした。
倭人が私の手をとって自分の肩に引き寄せると、倭人は私の腰に手を回して顔を近づけてくる。
何よ。
五歳も年下のくせしておねーさまをリードしようなんて、甘いのよ。
そんな意味で倭人を押し戻すと、油断していたのだろうか、まさかそんなことされると思ってなかったのだろう倭人は壁に背中をついてちょっと驚いた顔。
私は倭人の制服のネクタイをぐいっと引っ張って、
自分から口付けをした。
倭人は驚いたもののすぐに私の背中に手を回しまたも覆いかぶさるようにキス。
再び倭人を押し戻すと、
「何だよ」
倭人は微笑を浮かべて私を見てきた。
「黙って」
そんな倭人の唇を塞ぐように口付けを交わし、また少しだけ距離があくと
私は着ていた夜会巻きにまとめていた髪をほどき、着ていたブラウスのボタンを外した。
P.6
いつかのコスプレ……じゃなくて、倭人がテンションあがったというおねーさんスタイルの服装。
ブラウスを腕から抜き取ると、倭人も自分のネクタイをほどこうとする。
その手を押し留めて、もう一度軽く押すと
倭人は後ろに倒れた。
スカートは脱がずにブラ一枚だけの姿で倭人の上に跨ると、
倭人は手を伸ばして私を引き寄せる。
私の髪が倭人の顔に掛かり、それを倭人はわずかに掻き揚げながら、私に口付けをしてきた。
柔軟剤と…
おひさまの香り。
「朝都―――」
――――……
「ぅわぁ!」
ガバッ!
私はまたも飛び起きて目をぱちぱち。
「またも…ゆ…夢……?」
なんつー夢…
それも…
私が倭人を襲ってるなんてーーー!!!
キャーーーー!!!
P.7
自分が見た夢ながら何て恥ずかしい!!
「なんて破廉恥な!」
ベッドの上で一人身悶えて私は顔を覆った。
顔が熱を持ったように熱い……
欲求不満なのかな。ここ四ヶ月ほどご無沙汰だったし。
こんなのはじめてだ。
ああ!純真な少年の心を汚してしまった!
まさに傷物だよ!
私は一人で赤くなったり青くなったり。
ようやく色んな意味での興奮がおさまって改めて時計を見ると、明け方の五時を指していた。
あれ??
良く見たら夜中に黒猫から電話があったみたい。
三時ごろ、ぽつんと一件“不在着信”の文字が。
でももーこの時間だし、さすがにあいつも寝てるよね。
結局折り返しの電話は控えて、私はそのまま起きることを決意した。
シャワーを浴びながら考えるのはやっぱり倭人のこと。
黒猫とそうなったら、カリンちゃんやロシアン葵ちゃんに対しての不安が消えるのだろうか。
「おねーさまの魅力を体で教えてあげるわ」
てか??
いや、違うだろう。これじゃただの痴女だ。
バイオハザードウィルスめ。朝から元気だな。
……まぁ…そんな単純なものじゃない気がするし、倭人はそうゆう関係がなくても私を好きでいてくれる。
自分に足りないもの
それは
自信
それから
信じる気持ちだ。
P.8
―――
その日の講義は2コマ目の次は5コマ目。
変な風に時間が空いて、まだ10時半だと言うのに私は涼子をランチに誘った。
涼子もこの曜日は同じ講義の取り方をしていたから。
「何これ!朝都が作ったの??」
タッパーの蓋をパカッと開けると、涼子は目をきらきら。
「はー、朝から手が込んでるわね~」
「違う、それ昨日の晩御飯」
私はかくかくしかじか昨日の出来事を涼子に話し聞かせた。
―――…
「黒猫くん大変だったんだね」
涼子は唇に手を当てながらしみじみ。
「まぁねー、その子見た感じもこうっ見るからに儚げでね!本当にふわっふわで可愛いの!
私なんかと比べ物にならないぐらい“女の子”て感じでね」
私が身振り手振りで説明すると
「あんたも見た目だけだったら女の子って感じだけどねー、喋ったらねー」
悪かったわね、喋ったらおっさんで。
「で、一人じゃ食べきれないから涼子手伝ってくれないかなーと思って。
ランチ代浮くしいいでしょ?」
半ば強引に言ってタッパーを広げていると、
涼子は閃いたようにポンと手を打った。
「せっかく作ったんだし、黒猫くんに食べてもらえばいいじゃない!♪」
「は?黒猫は今学校だよ。さすがに夜まで持たないよ。
今度は黒猫を食中毒で病院送りにしちゃうかもしれないし」
そう言って涼子をちょっと睨むと、
「バカね、朝都。成長期の男の子を吊るのは守ってあげたくなる女の子でもなく、甘えられる年上の女子でもなく
胃袋を捕まえられる女!よ」
ま、まぁ…言ってる意味は何となくわかるけど。
黒猫…まだ成長するのか…
さらに高くなったら見上げるの大変だよ。
「今からならお昼までには黒猫くんの高校行けるでしょ♪」
「行くって……黒猫の高校って…え!今から??む、無理だよ!そう簡単に入れないって」
慌てて言ったけれど、涼子には何か考えがあるのか楽しそうにウィンク。
「私に任せて☆」
P.9
―――結局、また来てしまった、黒猫の高校に。
涼子は『来客用』の入り口から堂々と中に入り、警備員のおじさんに
「2-Aの財津 倭人の身内の者ですが、担任の先生呼んできてくださいます?」
と愛想良く語りかける。
えぇ!?身内っ!っていつあんた黒猫の身内になったのよ、と私は隣で唖然。
でも警備員のおじさんは特に怪しむことなくすぐに黒猫の担任と言う若い男性教員を呼んでくれた。
年齢は溝口さんのちょっと上ぐらいかな。
「財津のお姉さんですか?」
「はい~♪いつも倭人がお世話になってますぅ」
涼子はよそ行きの声でにっこにこ。
ぇえ!!!
「倭人せっかく作ったのにお弁当忘れちゃったみたいでぇ」
涼子は口元に手を当て上目遣いで目をぱちぱち。
必殺!美女スマイル!!にやられたのか、男性教員は顔をちょっと赤くしてあっさりKO。
美人だから通用する技だな。
「そうゆうことですか。じゃぁ今から財津を呼び出しますよ」
いいの!?そんなんでいいの!!
大丈夫か、この高校。ちょっと心配になったり。
まぁ…見るからに害が無さそうな女子大生だし…、涼子は美人だし。
職員室まで案内されて、
『2-A 財津 倭人。至急職員室に来るように』と放送を掛けてくれた。
ほどなくして
「なに、倭人呼び出されてやんのー。ドジー」
「お前何やらかしたの」
と男子のからかうような笑い声が数人聞こえて
「なんもやってねぇよ」
と職員室に呼び出された倭人が不機嫌そうに顔を出した。
男性教員の隣でキマヅそうにしている私と、妙に堂々としている涼子を目に入れると
ズサッ!
倭人は一瞬後ずさりして
「なんっ…
何でっ!!!」
と、さすがの倭人も驚きが隠せないのか、目を開いて口をぱくぱく。
やっぱそうなるよね。
P.10
「おー財津~、親切(で、美人)なお姉さんだな。
弁当忘れたってわざわざ届けにきてくれたぞ?
ったく。高校生になってまでもお姉さんの手を煩わすなよ」
男性教員は苦笑いで倭人を手招き。
「べ、弁当…?」
黒猫は私の手の中にある紙袋を目に入れて目をぱちぱち。
だけどすぐに、ごくりと喉を鳴らして
慌てて私の腕を掴む。
「さんきゅーです。“姉ちゃん”
出口まで送って行くよ」
黒猫は棒読みで言って顔を引きつらせながら私の腕を引き、
「先生、呼び出してくださってありがとうございますぅ♪」
と涼子は営業スマイルでしっかりお礼。
「財津、きれいな姉さんたちだな!♪今度ゆっくり紹介してくれよ!」と男性教員はぼそっと黒猫に耳打ち。
「あ、あははー…」
黒猫は苦笑いを返し、涼子は男性教員に手を振りながらも
職員室を後にした。
「どーゆうこと??
“姉ちゃん”」
目立たないところまで引っ張っていかれて、黒猫は棘々の言葉で私を白い目で見下ろしてくる。
「どうゆうことって、朝都がキミのために一生懸命作った昨夜の夕飯届けにきたんじゃない。
朝都はずーっとキミを待ってたんだよ」
涼子が咎めるように言って黒猫の鼻先を指で弾く。
「りょ、涼子!」
そんな「気にしてます!」みたいな言い方、恥ずかしいよ。
慌てて涼子の手を戻すと、
「ずっと……?」
黒猫は目を開いた。
P.11
「……ごめん、俺あんま考えなしで…」
黒猫が素直過ぎるぐらいに項垂れ、目を伏せる。
「い、いや!いいのっ!!仕方ないし!
それよりカリンちゃん大丈夫??」
慌てて聞くと、
「うん、おかげさまで一晩中点滴したおかげか、だいぶ落ち着いた。今日退院できるって」
「そう、良かった……」
「理由が理由なだけに仕方ないけど、連絡はもっと早くするようにね。
あんたの彼女はずっと待ってたんだから」
涼子がちょっと咎めるように言うと
「はい、ごめんなさい。
おねーさん」
と黒猫は律儀に頭を下げる。
「まぁ、病院だし連絡できなかったってのもあるけど、朝都を不安にさせないでね」
涼子はちょっとだけ言い過ぎたと思ったのか、声を和らげて黒猫の方を見る。
黒猫は私のお弁当が詰まった紙袋を手の上からそっと包み
「不安にさせてごめんね?」
と小さく謝ってきた。
“ごめんね”その言葉を昨日から何度も聞いた。
黒猫だって本当は来たかったに違いない。
そして来れなかったことを気にしている。
私の方が
子供だったのかもしれない。
つまらないヤキモチ妬いて。
カリンちゃんの一大事だって言うのに、カリンちゃんのこと考えてあげられなかった。
「ううん、ホントに大丈夫」
私は今できる精一杯の笑顔を浮かべて、黒猫に―――
倭人に笑いかけた。
P.12
「じゃ、私たち帰るね」
黒猫にお弁当渡すことができたし、あまりこの場でぐずぐずしてると他の教員に何か言われるかもしれない。
来客用の入り口で靴に変えようとすると
「せっかくだから三人で食おうよ、俺人の少ない穴場とか知ってるし」
と言って黒猫が私の手を引いて、
思いのほか強い黒猫の腕の中にあっさり抱き寄せられる。
「随分楽しそうなランチね☆
でも、それだったら二人で楽しんできなさいよ♪私はお邪魔虫だし。
あんたは五コマまで暇だったしちょうど良かったじゃない。私はこれから溝口さんとランチ食べに行くの♪」
と涼子はウィンク。
ふ、二人で!
待ってよ!私一人置いてきぼり!?
涼子ー!!
と必死に手を伸ばすものの、
「じゃぁ黒猫くん、朝都をヨロシクね☆」とウィンクしてさっさと玄関を出て行ってしまった。
「おねーさん、案内しますよ。
一緒に弁当食えるとこ行こう」
黒猫も涼子の提案にあっさり頷いて私の手を引き、
りょ、涼子~~!!
と、心の叫びも虚しく私は黒猫に連れて行かれた。
P.13<→次へ>
冬の夜
キミへの気持ちを窓に託しました
たった一言が言えない私は臆病者ですか?
でも今はこれが精一杯
雪に想いを
『次はお天気コーナーです。今日から明日にかけて低気圧が日本の南を発達しながら東北東に進み、明日には日本の東に進む見込みです。
関東甲信地方では今夜から雨が次第に雪に変わり、あす午前中にかけて山沿いを中心に、平野部でも積雪となる所がある見込みです。雪による交通障害、架線や電線、樹木等への着雪、路面の凍結に注意してください』
今朝のワイドショーのお天気キャスターの言葉を思い出したのは、勤めている会社の定時を迎え業務を終えたときだった。
「えー!やだっ!雪降ってるじゃん」と誰からともなく声が挙がり
「ホントだー、私傘持ってきてない」
「どうりで冷えると思った」
と同僚たちが次々と口にする。
またも誰かが「せっかく彼氏に買って貰ったバッグが濡れちゃう」と言い出し、それでもちっとも困った様子ではなく、どこか誇らし気だ。
そしてその周りの女子たちが盛んに羨ましがる。
「いいなー、でもあたし今度のクリスマスにダイヤの指輪ねだっちゃうんだー」と一人の女の子。
「いいなー!」黄色い声に、私は苦笑いを浮かべるしかない。ここでの男の年収と、女の品格は反比例する。いかにいい服を着るか、いかにいいバッグを持つか、いかにいい男を彼氏にするか、年中こんな会話でうんざりする。
かと言って輪に加わらないわけにはいかない。仕事とプライベートの内容こそ比例するのだ。
P.1
「仁科《にしな》さんはいつも素敵な服着てますよね」ふいに一人から話題を振られた。
「えっ、そう?」私は曖昧に笑って言葉を濁した。今日の服装は白いタイトワンピ。腰回りに太いベルトが巻き付いていて、ちょっと豪華に見えるゴールドのバックルがワンポイント。
そして同じくゴールド系のスパンコールが襟元に入ったコートを腕にかけて帰りたいアピール。
シンプルな服装だったけど、流石は目が肥えている女子たち。すぐにそれが高価なものだと見破った。女のチェック程厳しいものはない。私がオシャレをするのは対、男ではなく、彼女たちの為。
「仁科さんてぇ、結婚しないんですかぁ」間延びした話し方が赦されるのはこの年代の特権だ。
「結婚ね……相手がいないから」私は適当にごまかして再び言葉を濁した。
こう言っておけば大抵の女は引き下がる。私が長い間、人付き合いをしてきて、これが最良の方法だと知ったのはつい最近のこと。
私がこの会社に勤めはじめて五年になる。この会社での女性正社員では長いほうだ。後から派遣された若い女の子たちから見れば私なんてお局のようだった。
「そう言えばぁ仁科さん、この前見ちゃったんですぅ」一人の女の子が思わせぶりに口元へ手をやった。
短く切った髪にはパーマがあててあり、傍から見ればマシュマロのように可愛らしい女の子だ。
だが、そんな可愛らしさに惑わされてはいけない。女はいつでも顔の下にしたたかな一面を隠しているのだから。
P.2
「何を?」私は平静を装って取り澄ました。
もしかして“アイツ”と居る所を見られた?と思ってドキリとしたが
「この前の金曜日、青山のイタリアンレストランで、経理の前田さんと一緒にいるところぉ」
ああ、そっちか。とちょっとほっと安堵する。
「ええー!!」周りから黄色い声が飛ぶ。私は思わず頭を押さえたくなった。
そう、確かに経理の前田に誘われて先週の金曜に青山まで行った。
でも食事をしただけで、別に艶かしい関係ではない。だが、ここで重要なのが、経理の前田という男、この会社ではなかなかのハンサムでしかも独身、きさくな性格をしているわりには頼れる上司でもあるのだ。そうゆう男を若い女性社員が放っておくわけがない。
「いいなー、ねえお二人って付き合ってるんですか?」
食事をするイコール男女の関係と、どうして若い子たちはそう短絡的なのだろう。私はこの場から逃げ出したくなった。だけど、この場から立ち去ると認めたことになってしまう。
「別に、ただお食事に誘われただけよ」
「うそー、絶対前田さん仁科さんのこと狙ってるわよぅ。だって、あたしたちがいくら誘っても全然だったのよー。それなのに前田さんは仁科さんのこと」
嫉妬心と羨望の眼差しで見られ、私は思わず後ずさり。
何とか前田との話を切り返し、従業員出入り口から女子の群れに混ざって出てきた所だった。
遠くで派手なエンジン音が聞こえてきて、この狭い路地裏へと近づいてきた。この聞き慣れたエンジン音。私は嫌な予感がして思わず一方通行の標識を見つめた。
「よーう、仁科」黒のポルシェの窓から腕を出し、銜えタバコをしながら九条《くじょう》が手を振っている。
「やっぱり」
私は、今度こそ頭痛をこらえるように頭をしっかりと押さえた。
P.3
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
でも勘違いしてもらっては困る。私はこいつの客じゃない。東京を離れていたのも、大方客の一人と遠征旅行でもしていたのだろう。
「違っ!こいつとは単なる腐れ縁。彼氏とかじゃないから」
と慌てて否定するも秒の単位で噂が回るこの会社で明日の朝には『仁科さんて、ホストに貢いでるらしいよ』とあちこちで言われるに違いない。
くらり、と眩暈が起きた。
腐れ縁、と言うのは間違いない。中学からの同級生だから。
「じゃあ、本命は前田さんですかぁ?」女の子達が興味津々で目を輝かせている。
「前田??ひどいなー、仁科ぁ。俺たち何度もセック……もがっ」
最後の方が言葉にならなかったのは私の手が九条の口を塞いだから。
ふざけんな!何言い出すんだこいつぁ!!
空気読めっつうの!
と言うことを目で訴えると、流石に冗談が過ぎたと思ったのか九条は苦笑い。
「で?行くの?行かないの?」せっかちに聞かれて
「わかったわよ!行くわよ」半ば怒鳴るように九条を睨みつけると、私はそそくさと助手席に回った。
「それじゃ、私はこれで。お先に」女の子たちにはなるべく平静を装って、にこやかに手を振る。
ため息をついて車の助手席を開けると、運転席から九条が笑顔で手を差し伸べてきた。
「ただいま、仁科」
昔とちっとも変わらない笑顔。眉が下がり、目を細める、優しい笑顔。そして時々その低い声で呼ばれる、自分の名前。何だかくすぐったいが、この笑顔を向けられたら、たとえ九条の勝手に振り回されても、赦せてしまう。
「……おかえりなさい」私は俯くと、小さく返事を返した。
P.5
前述した通り私と九条とは中学からの付き合いだ。かれこれ十年以上の付き合いになる。十年、と言う歳月は長く感じられるけれど、その間に音信不通になったり、そしてどこからか連絡先を入手して電話を寄越して来たり、をだらだらと繰り返している。
でも、私たちははっきりと『付き合って』はいない。もちろん九条のブラックジョークの『体の関係』もない。
あるのは中学生から変わらないノリと
私が九条のこと「好き」
と言うことだけ。歳を重ねて、九条がホストになって……あ、今はホストじゃなくホスト店を経営してるオーナー様でもあったかしら。とにかく環境は変わったものの、不変的な何かは確実に存在している。
パワーウィンドウの外をちらほらと雪が降っていた。
「北海道行ってきたんだ~土産に蟹買ってきてやったぞ」と九条は運転しながらどこか楽しそう。
「北海道……ここより雪が多そうね」ぼんやりと呟きながら、九条に気づかれない程度にこっそりと、外気との差で曇った窓ガラスに、人差し指で
『好き』
と書く。
私の書いた文字は私の体で隠れて九条からは見えない。
「蟹すきしようぜ~、お前んちで」
「何であんたを一々上げないといけない?」
言い合いをしながら、やがて私のマンションに着く頃にはみぞれになった大粒の白いものが私の『好き』をかき消す。
「だってお前んち床暖あるじゃん?」
「そんな理由かよ」
中学生から変わってないこの関係とノリ。
今はまだ―――
この関係でいいや。
~FIN~
P.6