Chat Noir -黒猫と私- Deux(2nd)

 

Cat №34 黒猫Friend その①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『黒猫Friends その①』

 

 

 

 

 

 

その友情ホンモノですか?

 

 

 

 

 

 

 


P.127


 

 

合コンが開始されてからようやく一時間が経ち、私は要らない気を遣ってぐったり。

 

 

いくら気の無い合コンだからと言って、溝口さんの知り合いの人たちだし、あまりそっけないのもどうかと思われた。

 

 

場が乱れてるせいか、席ももうぐちゃぐちゃだし。

 

 

また…いつの間にかチェシャ猫さん居なくなってるし。

 

 

今のうちにトイレ。タバコも吸いたいし。

 

 

てな具合で適当な言い訳をつくろって席を外した。

 

 

「はー…肩凝るわぁ」

 

 

個室を出て、私は肩をこきこき回しながらトイレに向かっていると、二階に続く階段の下でチェシャ猫さんが立っていた。

 

 

あ、いないと思ったら…

 

 

見つけた以上スルーするのもなんだから声を掛けようとしたけれど、チェシャ猫さんは私に気付かず電話中だった。

 

 

「…うん。今飲み会の最中。合コンての…?

 

 

俺は単なる人数合わせ。―――そっちは……?……うん」

 

 

声を掛けなかったのは単なる気を遣ってか、それともチェシャ猫さんの姿がさっきまでと違って見えたからか…

 

 

今まで自分のこと“僕”って言ってたのに、“俺”って言ってるし。

 

 

チェシャ猫さんはさっきまでの笑顔を拭い去り、額に手を当てちょっと目を伏せていた。

 

 

どこを見ているのか、その視線はどこかうつろで。

 

 

誰と電話してるんだろう…

 

 

何となく気になった。

 

 

「……そんなこと良いって。俺だって好きにやってるんだし、

 

 

俺に気を遣わないで、

 

 

 

 

千鶴も自由にしててよ。

 

 

 

 

 

俺たち友達だろ?

 

 

 

 

こうゆうの

 

 

 

 

 

 

やっぱ不自然だよ」

 

 

 

 

 

 

チヅル――――……て女の子の名前。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.128

 

 

チェシャ猫さんて彼女居ないって言ってたよね。

 

 

でも“チヅル”はどう考えても女の子の名前で、しかも呼び捨てにしてるから相当仲が良いってことだよね。

 

 

“友達”って言った―――

 

 

 

でもそんな風に思えないのが、あとに続く『不自然だよ』って言葉を聞いたから。

 

 

 

 

「……それじゃ。また連絡する」

 

 

チェシャ猫さんは通話を切って、疲れたように前髪を掻き揚げ深いため息。

 

 

 

 

 

チェシャ猫さんの笑顔が消えた―――

 

 

 

 

 

ホームで見た無表情とは違って―――何だかとても

 

 

 

 

 

悲しそうだった。

 

 

 

 

私は結局チェシャ猫さんに声を掛けられず、慌ててトイレに向かった。

 

 

涼子から借りた化粧品で少しだけメイク直し。

 

 

変な緊張からか唇がかさついていた。

 

 

冬の新色だと言った某有名メーカーのリップグロスを取り出し、やめた。

 

 

少し濃い目のピンクでとろりと濃厚なグロスは私に似合わない気がして。

 

 

涼子には悪いけど。

 

 

チェシャ猫さんの気を引こうと、女子をアピってると思われるのがイヤだった。

 

 

はぁ

 

 

トイレの個室の中。便器の蓋の上に腰かけて私も大きなため息。

 

 

何やってんだか、自分。

 

 

大体チェシャ猫さんのことなんて今の私には関係ないじゃん。

 

 

それよりも…あの席は二時間半の予約だから、あと一時間半かぁ。

 

 

長いなぁ。早く終わらないかな…

 

 

と思っていると

 

 

パタン…トイレの出入り口の扉を開ける音が聞こえ、

 

 

「あー!もぉっっ!今日ヤバくない!?超当たりじゃん!」

 

 

と、合コンの女子メンバーの声が聞こえてきて、私は目を開いた。

 

 

女子たち…さっきよりも1トーンも2トーンも低い声。しかもやたらテンション高いし。

 

 

さっきまでの可愛くて甘い口調はどこへ消えた。

 

 

 

 

 

 

P.129

 

 

 

「ね、ね♪全員超いいし!!」

 

 

「イケメンでノリが良くて気が利く溝口さんもいいけど」

 

 

なぬっ!!それはダメよ!

 

 

私は個室の中で目を吊り上げたけど

 

 

「でも涼子の彼でしょ~?涼子相手だったら無理だしぃ」

 

 

「だね~。だって溝口さん涼子のこと超好きみたいな口ぶりじゃん」

 

 

その噂話を聞いてほっ。胸を撫で下ろした。

 

 

でも女子はどこかつまらなさそうだ。

 

 

溝口さんは見慣れてるからそうには思えないけど、改めて考えると結構イイオトコだったのね。

 

 

「そうなったら大本命は樗木さん!☆」

 

 

誰かが言い出し、

 

 

「「「いいよね~~~」」」

 

 

女子全員の声が揃って、カチャカチャ何かを鳴らす音が聞こえてくる。

 

 

どうやら洗面所でメイク直し兼女子会議と言うところだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.130

 

 

私は出るに出られず…

 

 

彼女たちの噂話を個室で聞くことになった。

 

 

う゛~~…いつまで続くんだろう。女子会議…

 

 

「樗木さん彼女居ないってね♪」

 

 

ホントかな。

 

 

チヅルって女―――もしかして彼女かもしれないよ?残念ね。

 

 

「年収700万!しかも実家のお父さんが大病院の医院長なんだって!!

 

 

で、次男!」

 

 

「これは行かない女はいないでしょ!」

 

 

女の子たちは私が個室に居るとも知らずにキャイキャイ。

 

 

ふーん…そーなんだぁ。

 

 

チェシャ猫さんそんなこと一言も…

 

 

誰かから聞いたんだろうな。恐るべし女子ネットワーク。

 

 

「でもさぁ樗木さん、あの真田…さん??て女にべったりじゃん??」

 

 

「ただの知り合い程度じゃないの?溝口さんとも仲良かったし」

 

 

「溝口さんとどんな関係??何か親密そうなんだけど。

 

 

もしかして溝口さん二股!?」

 

 

ないない!天と地がひっくり返ってもないわ!

 

 

「いかにもうまく遊んでそうだしね~」

 

 

溝口さん…さっきは良いって言われてたのに、随分な言われようだな。

 

 

てか変わり身早っ。

 

 

でも…何だろう……

 

 

話の流れがイヤな方へと向いている。

 

 

心の中で、もやもやと嫌な感情がくすぶる。

 

 

彼女たちのこの感情の正体が何なのか―――あと少しのところまで分かっているのに、私にはその答えが分からない。

 

 

 

 

分からない。

 

 

 

 

 

 

P.131

 

 

「真田って女も確かに顔は可愛いとは思うけど、ちょっと変わってるし」

 

 

「男にとって物珍しいだけだよ。

 

 

女子力アピってぶりっこしてるくせに、ちょっと変わったとこ見せて、男なんて簡単にギャップ萌えとか言っちゃうんでしょぉ?」

 

 

ちょっと変わってる??物珍しいだとぉ!

 

 

ぶりっこぉ!!?

 

 

 

 

はぁ!!!!?

 

 

 

 

私は一人トイレの個室の中で噴火しそう。

 

 

けど、ここで問題起こしたらそれこそ涼子の評判が……

 

 

結局じっと我慢して聞くことにしたけど

 

 

「だって合コンでいきなりビール頼む女ってアリ!」

 

 

「ないない~!絶対あれ狙ってるデショ」

 

 

キャハハ!と女の子たちはまたも笑い声を上げる。

 

 

うるっさい!好きなもの頼んで何が悪い!

 

 

「でも、ぶっちゃけ涼子が不参加で良かったよね~」

 

 

は?何で…?

 

 

私は彼女たちの噂話に一々ツッコミを入れながら耳を更にそばだてた。

 

 

チェシャ猫さんと仲良くしてる私のことが気に食わないのだと思ってたら、今度は涼子??

 

 

「ね~♪だって涼子参加だとみんな持ってかれちゃうもん。

 

 

“合コン荒らしの涼子”」

 

 

 

その言葉を聞いて

 

 

―――ようやくあの感情の正体が分かった。

 

 

 

それは

 

 

 

涼子に対する

 

 

 

 

 

 

嫉妬だ。

 

 

 

 

 

「で、結果、誰とも付き合わないんでしょ~振り回すだけ振り回しておいてモテる女気取ってさぁ」

 

 

「まぁうちらが涼子とつるんでるのもイイ男紹介してもらえるからだけだしぃ」

 

 

「あ~あ、美人はいいよね。黙ってても男が寄ってくるんだから。ちゃっかり溝口さんとも付き合っちゃって」

 

 

 

 

 

ちょっと待て………

 

 

 

 

 

 

 

P.132

 

 

私の悪口言うのならまだしも涼子のこと悪く言うのは許せない。

 

 

涼子は確かに美人だけど、美意識も高いし、植物に対する愛情も深い。それらに対する研究を怠らないし、努力もいそしまない。

 

 

それに、男を弄んでるわけでもなーーーい!!

 

 

 

 

 

 

涼子はねぇ!!

 

 

 

最高にいい女なんだから。

 

 

 

 

バカにするのは許さない!!!

 

 

 

 

 

 

 

バタンっ!

 

 

我慢が出来ずに個室から出ると、女子三人は揃ってビクっ

 

 

私は何食わぬ顔で洗面台で手を洗うと、女子三人がびっくりしたように目を開きながら無言で私を見てくる。

 

 

その内の一人がちょうどリップグロスを塗っている最中で、その手を止めて私を凝視。

 

 

良く見たらそのグロスは涼子が持っていたのと同じ色のグロスだった。

 

 

バカみたい。

 

 

影で悪口言うことしかできないのに、自分だってモテたい願望はあるわけで。

 

 

涼子のことを妬みながら、美人の涼子の真似をする。(ホントのところは真似かどうかわかんないけど)

 

 

醜い嫉妬。

 

 

あの色が涼子に似合う理由。

 

 

 

それはねぇ、涼子が内面から輝く美しさを持ってるからよ。

 

 

私は鏡の前でちょっとだけ髪を直し、

 

 

「メイク直しの続きはしなくてもいいの?」

 

 

横目で聞いた。

 

 

 

 

 

P.133

 

 

「真田…さん…だっけ?あの…」

 

 

女子の一人がもごもごと言い訳しようと口を開きかけたけれど、

 

 

その似非美しさの唇から語られるのはどんな醜い言い訳なんだろう。

 

 

私は彼女たちを一瞥して言葉を遮った。

 

 

 

 

 

「ま、いくらメイク直したからってその性格の悪さは直らないだろうけど。

 

 

 

今の自分たち鏡で見てみたら?

 

 

 

 

 

すっごいブス」

 

 

 

 

 

彼女たちを横目で眺めながら横を通り抜け、扉を閉めると

 

 

「「「な、何なのあいつ!!」」」

 

 

女子たちの喚き声が聞こえてきて、私は舌を出して歩き出した。

 

 

今の光景、動画撮って男子メンバーに見せてやりたいよ。

 

 

私は部屋に戻ると、いつの間にかチェシャ猫さんも席に戻っていた。一人で焼酎のグラスを傾けている。

 

 

溝口さんはチェシャ猫さんを除くお友達の男子メンバーと談笑中で

 

 

「みんな可愛い子ばっかだよな~!」と言った誰かの言葉に「うんうん」てな具合で頷いている。

 

 

はっ

 

 

どいつもこいつも。

 

 

ちょっと白けた目で溝口さんたちを見下ろしていると、遠くの方でチェシャ猫さんが手招き。

 

 

けれど私は彼に一礼だけして。

 

 

「溝口さん、私帰ります」

 

 

コートを手にとって溝口さんに謝った。

 

 

突然のことに「えっ…えぇ??」溝口さんも戸惑っている。

 

 

「涼子には謝っておきます」

 

 

女子たちが溝口さん狙いじゃないと分かったからもう心配する必要なんてないし。

 

 

そもそも合コンに来るつもりじゃなかった。

 

 

「待ってください、朝都さん…」

 

 

溝口さんが私を引き止める言葉を何か言ったけど、それを遮って

 

 

「それじゃ」

 

 

短く言って私は部屋を出た。

 

 

でも思い直してちょっと部屋を振り返り

 

 

「溝口さん、遊び人だって思われてますよ。もうちょっと気をつけたほうがいいですよ」

 

 

それだけ言い残して今度こそ立ち去ると

 

 

「え!遊び人!!どうゆう意味ですか!」

 

 

溝口さんは一人焦っていたけど、私はそれを無視。

 

 

 

 

 

 

やってらんないわよ。

 

 

 

 

 

 

 

P.134

 

ムカムカする。

 

 

こんなに怒りを覚えたのは久しぶりだ。

 

 

全然酔っ払えてないし。どこかで飲みなおそうかな。

 

 

こんなんだったら一人で飲んでた方がまだマシだよ。

 

 

11月の週末、街は若者たちで溢れかえっていた。

 

 

合コンと思われるグループが数組二次会の行き先について、それぞれ盛り上がっている。

 

 

溝口さんたちも今頃は二次会でも行ってるかな。チェシャ猫さんは……どうしただろう。

 

 

ぼんやりと考えてると、

 

 

「お前ミホちゃんの番号聞けよ~」

 

「いや、でも…断られたらどうしよう…とかサ…」

 

「んなこと言ってんなよー。連絡先知らなかったらどうにもなんないじゃん」

 

 

と近くで男子の塊がおしゃべりしてるのが聞こえちゃった。

 

 

お目当ての“ミホちゃん”てのは近くにこれまた女子で固まっている若い子の誰かだろう。

 

 

寒くなってきたしね。もうあと一ヶ月もすればクリスマスだし。

 

 

人恋しくなる季節なのか。

 

 

がんばれ、若者よ。

 

 

私は……人肌よりも…ネコ肌を求めている。

 

 

………

 

 

って、またバイオハザードウィルス増殖させてんなよ、私。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.135

 

どこへ行こうか、特に当てがあったわけじゃないし、行き慣れたミケネコお父様のお店に行こうかな…

 

 

もう会わないって誓ったはずなのに、確かにお酒はおいしいんだもん。

 

 

お酒に罪はないわよね。…お父様にも罪はないケド。

 

 

あれこれ考えてるときだった。

 

 

TRRRR

 

 

私のバッグの中でケータイが鳴り、取り出して見ると

 

 

 

着信:溝口さん

 

 

 

になっていて、深い深~いため息が漏れた。

 

 

それでも一応電話に出る私。

 

 

「…はい、もしもし」

 

 

不機嫌に言うと

 

 

『朝都さん?大丈夫スか?どこに居るんですか。帰るんなら俺送っていきますから』

 

 

口早に質問されて

 

 

「大丈夫です。今は駅の近くです。帰るのは一人で大丈夫です」

 

 

と、私も一つ一つ溝口さんに答えた。

 

 

『はぁ…』今度は溝口さんがため息を吐いた。

 

 

『一体どうしたって言うんですか……』

 

 

と急に心配口調になる溝口さん。

 

 

「気にしないでください。ちょっとばかりムシの居所が悪かったので」

 

 

『なんスか、それ』

 

 

溝口さんは電話の向こう側で笑っている。

 

 

勝手に帰ったこと、怒ってはないみたいだ。

 

 

『まぁ朝都さんが理由なく怒ったりする人じゃないってこと、俺知ってるんで…きっと何かあったのかと思ったんですけど…

 

 

あのあと樗木も朝都さんが居ないなら意味がない、みたいなこと言って帰っちゃうし、

 

 

何となく場がしらけて、解散っスよ』

 

 

そー…だったんだ。

 

 

溝口さんには悪いことしたかな…

 

 

ゴメンナサイ

 

 

私は心の中で小さく謝りながらも

 

 

「とにかく私は大丈夫です。一人で帰れますから」

 

 

『あ、ちょっ…!』

 

 

溝口さんが何か言う前に「ピ」私は強引に通話を切った。

 

 

 

 

 

P.136

 

 

何やってんだろ、ホント私。

 

 

 

閉じたケータイを眺めながら小さくため息。

 

 

再び歩き出そうとすると

 

 

 

 

「真田さん!」

 

 

 

 

 

覚えのあるセクシーヴォイスに名前を呼ばれて、私は反射的に振り返った。

 

 

ゆっくり振り返るとトレンチコートを手にチェシャ猫さんが走ってきて。

 

 

まさか、まさか…とは思ったけれど改めて見るとやっぱり驚きが隠せなくて。

 

 

え!?

 

 

何故居る!

 

 

「ど、どーしたんですか…?」

 

 

私の問いかけに答えずチェシャ猫さんは、走ってきたのか肩で息をしながら膝に手をつく。

 

 

「ふー…全力疾走したの久しぶりです」

 

 

チェシャ猫さんはこれまた爽やかな笑顔を浮かべて額に浮かんだ汗をカットソーの袖口で拭う。

 

 

 

11月の夜の街は―――光と色と、人で溢れかえっていて

 

 

たった一度…会ったきりの私をどうしてこの人は見つけられたんだろう。

 

 

 

 

そんな疑問が浮かんできた。

 

 

けれど、見つけられたことに理屈なんてなくて、言葉では説明なんてできなくて

 

 

「真田さんが帰るって言うから、それじゃ僕もつまらないし。

 

 

 

もっとお話したかったんです」

 

 

 

 

 

恥ずかしがることなくきっぱりストレートに言い切ったチェシャ猫さんに

 

 

 

 

 

―――このときはじめてちょっとだけ運命てのを信じそうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.137

 

 

目の前に極上のイケメン。

 

 

一瞬自分の思考が少女マンガみたいなモノローグを流したけど…

 

 

いかん、いかん。こんな人が私を本気で探すわけないって。

 

 

危うく勘違っちゃうところだった↓↓

 

 

「真田さんが居ないのにあそこに居る意味はないです」

 

 

いや意味はあると……そう言えばこの人も人数合わせで来たって言ってたな。

 

 

それにしても、良くあの状態で抜けてこれたな。

 

 

女子たち引き止めなかったのかな…

 

 

まぁ私にとっては女子なんてどうでもいいけど。

 

 

「この後予定は?」

 

 

チェシャ猫さんは膝に手についたまま印象的な目だけを上げて、さらりと聞いてきて、

 

 

「いえ…何も予定ありません。もう一軒、どこかで飲みなおそうかと……特にどことは決めてないですけど」

 

 

私も思わず素直に答えてしまった。

 

 

何か逆らえないんだよねー…この人に見られたら。

 

 

でも言った後で後悔した。

 

 

サビシイ女だ。

 

 

でもそのサビシイ女をチェシャ猫さんは笑うでもなく引くでもなくバカにするでもなく

 

 

「じゃ、僕良い店知ってるんです。一緒に飲みなおしませんか?」

 

 

またも爽やか笑顔で言われて……

 

 

 

卑怯だよ。

 

 

この笑顔。

 

 

 

 

―――そんな風に優しく笑われたら、

 

 

 

断れないよ。

 

 

 

 

私は、今サビシイ女だから余計。

 

 

 

 

ちっちゃな偶然すらも運命と繋ぎ合せる自分が相当イタイ。

 

 

でもその感覚ですら曖昧になってきそうなぐらい、何か分からないけれど、強い力で引き込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

P.138

 

 

チェシャ猫さんが連れていってくれたのは、そこから十分ほど歩いた場所にある焼き鳥屋さんだった。

 

 

さっきの和風ダイニングバーとは違って大衆的な感じの“The焼き鳥屋さん”

 

 

カウンターが広がっていて、テーブル席は数席。

 

 

お店は煙で充満していたし、アルコール類もビールか日本酒や焼酎しかない。

 

 

かろうじてサワーがある程度で、さっき女子たちが注文してたお洒落な飲み物はなかった。

 

 

何か意外……

 

 

もっとお洒落なお店に連れていってくれるのかと思ったケド。

 

 

お客の年齢層も私たちよりもずっと上のおじさんたちが多いし、けど私はああゆうキドったお店よりもこうゆう親しみやすい方が好き。

 

 

「この焼き鳥おいし~~~!!

 

 

はー!!ビールが合うわぁ!!生き返った感じ」

 

 

ものの数分ですっかりお店になじんじゃう私って、やっぱおっさんだわ。

 

 

「喜んでもらえて良かった」

 

 

カウンター席で隣に座ったチェシャ猫さんもさっきより楽しそう……と思いたい。

 

 

チェシャ猫さんはビールに飽きたのか安っぽい焼酎の水割りを飲みながら

 

 

「でも何で急に帰っちゃったんですか?」

 

 

と聞いてくる。

 

 

「……それはまぁ……話すと長くなるんですけどね…」

 

 

私はかくかくしかじか、涼子が来れなくなってピンチヒッターで…と言うか溝口さんの見張りのために来たところから話聞かせた。

 

 

さすがに女子たちの悪口のことは言えなかったけど。

 

 

「で、溝口さんが狙われてるわけじゃなかったって気付いたのでもうお役ごめんかと思いまして」

 

 

「お役ごめん」

 

 

チェシャ猫さんは焼酎に口を付けながら笑う。そこから二三口続けて焼酎を飲み、

 

 

「……さっきホームで…」

 

 

と切り出した。

 

 

 

 

 

 

P.139

 

 

……思い出したくないよ、その話は。

 

 

私の視線は泳ぐ。

 

 

「僕はてっきり新手のナンパかと思いました。

 

 

でもいきなり腕を掴まれるのは初めてで、さすがにびっくりしたんですけど」

 

 

「はぁ!ナンパぁ!!?」

 

 

想像もしてなかった言葉に目が点。

 

 

「ないない!」

 

 

 

確かにかっこいいな~と思ったのは事実だけど、ナンパなんかしたことないし!

 

 

されたこともあんまない。

 

 

それに―――

 

 

 

 

 

―――私の中に黒猫が住み着いてる限り

 

 

 

 

他のネコに目を向けることなんてできないよ。

 

 

 

 

 

 

 

P.140

 

 

「…でも実際逆ナンパって多いんですか?」

 

 

気になったから聞いてみると

 

 

「まぁ……多いって程でも」とチェシャ猫さんは言葉を濁した。

 

 

今度はチェシャ猫さんが視線を泳がせて焼酎を一飲み。

 

 

多いんだな。

 

 

まぁこの見てくれだし??

 

 

この焼き鳥屋に行く最中も通り過ぎる女の子の何人かが、チェシャ猫さんを二度見してった。

 

 

「そしたら真田さん…僕が自殺しようとしてるって勘違いしてて、必死に止めようとしてくれてただけだって知ったら

 

 

何だか恥ずかしくなっちゃって」

 

 

いえ、恥ずかしいのは私の方デス。

 

 

「さっきは突然すみませんでした」

 

 

もう一度謝ると

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ。

 

 

 

さっきも言いましたけど、僕

 

 

 

嬉しかったです。ナンパよりもずっと……

 

 

 

 

赤の他人である僕なんかを一生懸命助けようとしてくれて―――」

 

 

 

 

 

チェシャ猫さんは笑う。

 

 

さっき電話の相手に見せていたあの寂しそうな…悲しそうな一言で言い表せない複雑な表情を隠すように

 

 

 

 

チェシャ猫さんは

 

 

 

 

 

何故笑うの?

 

 

 

 

 

 

でも今の私には―――その理由が問えない。

 

 

 

 

 

 

まだ

 

 

 

 

 

 

 

P.141

 

ギクシャクしていた合コンのときよりも、二人だけの焼き鳥屋は幾分かリラックスして楽しめた。

 

 

チェシャ猫さん、もっとクールで怖い人かと思いきや意外にきさくだし、話やすいってのもあるな。

 

 

そこで分かったこと。意外に酒の趣味が合う。

 

 

「何これ!この焼酎おいしいっ!!芋~♪」

 

 

「でしょう?値段の割りには結構うまいんですよ。真田さんなら絶対好きかと思って」

 

 

ええ、大好きですとも。

 

 

合コンでメンバーとして会う前から私の失態を見られてるワケだし、今更かっこつける必要なんてない。

 

 

「だいごろーも好きだけど♪」

 

 

私はさっきの合コンより随分くだけた感じで話をしていた。

 

 

「だいごろー」

 

 

チェシャ猫さんも笑う。

 

 

 

 

 

そう言えば…

 

 

黒猫にだいごろーを見つけられて、あのときも顔から火を噴きそうなぐらい恥ずかしかった。

 

 

黒猫…びっくりしてたな。

 

 

チェシャ猫さんは見つけても驚かなさそうだ。

 

 

 

 

 

「真田さん…?」

 

 

突然、時が止まったかのように静止した私をちょっと心配そうに覗き込んでくるチェシャ猫さん。

 

 

整った顔が思った以上に至近距離にあって、びっくりした。

 

 

「…あ!はい!!大丈夫です」

 

 

目の前に極上なイケメンが居るってのに…しかもわざわざ追いかけてくれて誘ってくれたって言うのに、

 

 

油断をするとすぐに黒猫は私の記憶を引っかく。

 

 

甘い泣き声をあげて、

 

 

 

 

黒猫が通り過ぎる。

 

 

 

まるで新しい男の登場を阻んでいるように―――

 

 

 

 

 

 

 

P.142

 

 

長いと思われていた時間はあっという間に過ぎて、気付いたらもう23時。

 

 

「…もうそろそろ…終電がなくなっちゃうんで」

 

 

と、私の方が切り出した。

 

 

 

 

「…もう少し……」

 

 

 

 

 

チェシャ猫さんが言いかけて、私は顔を上げた。

 

 

チェシャ猫さんは言いかけた言葉を飲み込むように、「いえ、確かに女性をあまり引き止めるのも良くないですね」と苦笑い。

 

 

「じゃ、その前にトイレ行ってきます」と言って席を外した。

 

 

 

 

 

もう少し―――、一緒に居たい?

 

 

 

 

立ち上がった席を何となくちらりと目にすると、鈍い光を湛えた何かが落ちていた。

 

 

 

 

不思議に思ってその何かを手に取ると

 

 

「ピルケース…?」

 

 

ブロンズ製のアンティークな小さな入れ物は楕円形で、中央にデイジーのモチーフが飾られていた。花びらの一枚のさきっちょに、これまたおっしゃれ~にスワロフスキーのクリスタルが一粒。

 

 

チェシャ猫さんの…?

 

 

 

 

でも……これ

 

 

 

どう見ても女ものだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.143

 

 

そのブロンズのピルケースをまじまじと見ていると

 

 

「お待たせしました」

 

 

チェシャ猫さんが帰ってきた。

 

 

『これ落としましたよ?』

 

 

何でもないように手渡そうとしたけれど、それよりも早くチェシャ猫さんはコートを手にとり

 

 

「じゃぁ行きましょうか」

 

 

と、スタスタと外へ出て行ってしまった。

 

 

え!お会計はっ!!?

 

 

と、一人あたふたしてると

 

 

「ありがとうございましたぁ!!またお越しください!」

 

 

と厨房からスタッフの威勢の良いお見送りの挨拶を聞いて、お財布を取り出す間もなく慌ててチェシャ猫さんの後を追うのに精一杯。

 

 

店の外に出ると

 

 

「…あの、お会計……」とようやく財布を出すミッションに成功。

 

 

何だかこの人の前だと普通なことが普通にできない。

 

 

「ああ、いいですよ?顔パスなんで」

 

 

とチェシャ猫さんはまたもふわりと笑う。

 

 

か、顔パス!!?

 

 

「僕VIP客なんで」

 

 

と爽やか過ぎる笑顔で言われちゃ冗談でも冗談ぽく聞こえない。

 

 

合コンは男の人持ちだって最初から聞いてたし気がねなく飲んでたけど、さすがに気が引けた。

 

 

「いつの間に払ったんですか?私は自分の分払います」

 

 

と申し出ると

 

 

「トイレに立ったフリで。気にしないでください。僕結構稼いでるので」

 

 

とまたも冗談交じりの答えが返ってくる。

 

 

それでもお財布をしまわないでいると、その手をそっとチェシャ猫さんが押しのけた。

 

 

「じゃぁ次にお願いします」

 

 

と小さくウィンク。

 

 

 

 

 

P.144

 

 

……それは……次もまた会いたいって思ってるのかな…

 

 

 

それとも単なる社交辞令??

 

 

どっちか分からず、私はとりあえずお言葉に甘えてご馳走になることに。

 

 

慣れてるっちゃ、慣れてるよな。

 

 

気に入った女の子全員にやってそうだ。

 

 

駅までの道を二人並んで帰る。週末の街中…それも夜遅くのこの時間帯、相変わらず人が多い。

 

 

酔っ払いに肩がぶつかって

 

 

「すみません…」通りすがりの人に頭を下げる。

 

 

「もっとこっちに寄った方がいいですよ」そう言って隣を歩いていたチェシャ猫さんが違和感なくまたも私の手をそっと取る。

 

 

突然手を握られて私はびっくり。

 

 

チェシャ猫さんの手は大きくて骨ばっていて―――あったかかった。

 

 

 

 

 

 

「―――って言うのは口実で、

 

 

真田さんと手を繋ぎたかったんです。

 

 

 

 

 

僕、大切な人とはずっと手を繋いでいたいんです」

 

 

 

 

 

 

 

前を向いたままチェシャ猫さんは口を開き、その言葉に私は目を開いた。

 

 

 

へ……―――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.145

 

 

「……えっと…意味が分かりません。

 

 

だって私たち会ったばかりだし……そもそも付き合ってないですよね…

 

 

こうゆうのは普通恋人同士がすることじゃないですか…?」

 

 

チェシャ猫さんの発言が理解できなくて、私は口をぱくぱく、目をぱちぱち。

 

 

「そっか…確かにそーですよね…」

 

 

チェシャ猫さんはまさに寝耳に水と言った感じで一人頷き、

 

 

何なのこの人。

 

 

ちょっとズレてる??と思いはじめたときだった。

 

 

 

 

 

「じゃぁ真田さん。

 

 

 

俺の大切な人になってください」

 

 

 

 

 

 

は――――……?

 

 

 

またも突然の発言に私は今度は何も返せなかった。

 

 

ちょっとの間フリーズして

 

 

これは……『付き合ってください』て言われてるのかな??

 

 

でも会ってまだ一回目だよ?

 

 

いや、回数なんてこの際関係ないのか。

 

 

てかそもそもこれは告白なの!?

 

 

分からない!!

 

 

チェシャ猫さんが分からない。

 

 

短い間に様々な疑問が浮かんで私の脳内を混乱させる。

 

 

「……えっと…樗木さんて付き合ってる人居るんじゃないですか?」

 

 

「え??居ませんよ」

 

 

チヅルさんて人。と言う言葉はさすがに口にできなかったけど。

 

 

チェシャ猫さんが嘘をついているようには見えなかった。

 

 

ケドたった一回会った人の何が分かる、って感じで私は疑いの目で

 

 

「彼女居ない歴何年ですか?」と聞いた。

 

 

チェシャ猫さんは苦笑を浮かべながら「何の尋問ですか」と私を見下ろしてきたけど、でもすぐに考えるように首を捻り

 

 

「五年ほど」

 

 

と答えてくれた。

 

 

じゃぁやっぱり“チヅル”は彼女じゃなく、チェシャ猫さんが言った通り友達??なんだろうか……

 

 

どんなお友達??

 

 

だけど私はその存在を聞き出せなかった。

 

 

それよりも

 

 

「五年?長いですね。どうして彼女を作らなかったんですか?」

 

 

引く手あまたっぽいのに。

 

 

それともやっぱ…特定の彼女はいないけど、派手に遊んでた系??

 

 

短い間に色々考えたけど…

 

 

 

 

「ぶっちゃけ僕

 

 

 

女性に興味がないので」

 

 

 

 

 

え゛―――!?

 

 

 

 

 

チェシャ猫さんと繋いでいた手に思わず力が入った。

 

 

 

 

 

 

P.146

 

 

「あ……まぁ趣味はイロイロですよね…!他人がとやかく言っていいもんじゃないし…」

 

 

私は返す言葉を必死に選びながら……

 

 

ん??ちょっと待って。じゃぁ何で私??

 

 

私を女だと思ってない!?

 

 

ま、まぁちょっとおっさんぽいけど。ぽい、じゃなくて完全におっさんだけど。

 

 

なんて一人で悶々と考え込んでると

 

 

「冗談です。

 

 

そう言っておけば近づかれないので。

 

 

いつもはこう言うと逃げていきます」

 

 

チェシャ猫さんはまたも明るく笑う。

 

 

「僕に浮いた噂がないので溝口たちは本気で僕がゲイだと思い込んでるようですが」

 

 

ああ、だから“あの樗木が―――”か…

 

 

謎は解けた!だな。

 

 

でも、じゃぁ何でチェシャ猫さんをメンバーに入れたんだ、溝口さん。

 

 

 

 

 

 

「そう思われるのが楽です。

 

 

 

 

 

僕は―――大切な人を作るのが苦手です。

 

 

 

誰かに僕の内側に入ってこられるのも、僕が深く入り込むのもどちらも」

 

 

 

 

 

 

苦手―――……?

 

 

「どうして…?」

 

 

人間嫌い?人懐っこそうだからそうには見えないけど。

 

 

思わず顔を上げて聞くと、チェシャ猫さんは反対の手のひらを開いてじっと見つめる。

 

 

 

 

 

 

P.147

 

 

 

 

「失うのが怖いんですよ。

 

 

 

だから他人と距離を取るんです。男でも女でも。

 

 

 

深く関わらなければ、失ったときの悲しみも少ない。

 

 

 

 

 

僕は臆病者で卑怯者なんです。

 

 

 

 

心底―――」

 

 

 

 

 

 

チェシャ猫さんの言葉から―――…ぎゅっと力強く握った手から―――

 

 

“失った”痛みを感じた。

 

 

実際にチェシャ猫さんがどんな過去を持っていて、どうしてそう思うのか私には分からないけれど、

 

 

さっきチヅルさんと話していたあの悲しげな表情が―――関係してるのだろう。

 

 

 

 

 

「だから誓ったんです。

 

 

僕は次に付き合った人を大切にします。

 

 

 

絶対にこの手を自ら離すことはしません。

 

 

 

 

 

絶対に―――」

 

 

 

 

 

チェシャ猫さんが“絶対に”って言った瞬間ほんの僅か彼の手に力が入った。

 

 

あったかい手は、今は熱を持ったように熱い。

 

 

彼の横顔は真剣で―――

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

「どうしてですか?

 

 

 

どうして私を―――?

 

 

 

だって私たち今日会ったばかりですよ」

 

 

 

 

「それは―――」

 

 

 

 

チェシャ猫さんの答えを聞けるときだった。

 

 

 

 

 

 

「アサちゃん!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

聞き覚えのある声で私はその声のするほうを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

P.148

 

 

制服じゃなかったし暗かったから一瞬分からなかったけど、顔とあの髪の一部…しま模様を見て気づいた。

 

 

「トラネコくん!?」

 

 

ど、どーしてトラネコくんが!?

 

 

「誰?その男」

 

 

トラネコくんは思い切り不審そうにしてチェシャ猫さんに威嚇体制。

 

 

ギっと目の端を吊り上げてチェシャ猫さんを睨む。毛を逆立てたネコそのものだ。

 

 

「僕は真田さんの大学に出入りしてる製薬会社の樗木です。

 

 

キミは??“アサちゃん”のなぁに?」

 

 

とチェシャ猫さんは私の手を握ったまま余裕の笑み。

 

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょ!!!

 

 

何手ぇ繋いでるんだよ!!

 

 

アサちゃんそいつと付き合ってるの!?」

 

 

トラネコくんが自分のことのように慌ててチェシャ猫さんと私を指差し。

 

 

「いや…まだ付き合ってるわけじゃぁ……」

 

 

 

私は思わずチェシャ猫さんから手を離そうとした。

 

 

何だか妙に恥ずかしいってのもあったし、それに―――

 

 

 

 

トラネコくんに……ううん、倭人に知られたくない。

 

 

 

 

卑怯なのは私だよ、樗木さん。

 

 

同時に臆病者だ。

 

 

倭人に知られるのが怖い。

 

 

倭人の手を離したのは私からなのに―――

 

 

「友達……?って言うのかな…」

 

 

トラネコくんから顔を逸らして曖昧に答え、指の先がチェシャ猫さんの手からすり抜けようとしたとき、

 

 

きゅっ

 

 

チェシャ猫さんの手が私の指先をそっと握り返した。

 

 

まるで『離れないで』と言われている気がして私はチェシャ猫さんを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

離れないで

 

 

 

 

 

俺から離れないで

 

 

 

 

 

 

 

『この手を離さない』

 

 

 

そう言ったのはチェシャ猫さんなのに、何だかチェシャ猫さんの方が私の手を必要としてるみたい。

 

 

 

チェシャ猫さんは相変わらず笑っていた。

 

 

笑いながら―――心で泣いてる。

 

 

そんな気がした。

 

 

 

 

 

どうしてあなたは

 

 

 

 

 

 

 

 

泣いているのですか。

 

 

 

何が悲しいのですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.149

 

 

 

ベリっ

 

 

「離れろよ!」

 

 

 

 

トラネコくんが私たちの間に入って、あっさり引き剥がされた私たち。

 

 

あまりの強引な行動にチェシャ猫さんはびっくりしたように目をぱちぱち。

 

 

「ちょっと!何するのよ!トラネコくんだって手ぐらい繋ぐでしょ。

 

 

コミュニケーションの一つよ」

 

 

思わず抗議すると

 

 

「俺はフレンドとは手を繋がない!」

 

 

ズバリ、トラネコくんは言い切った。

 

 

「フレンド言うな!!キミが言うと違った意味に聞こえるのよ」

 

 

私はトラネコくんの頭にチョップ。

 

 

「真田さんの弟…?じゃないですよね」

 

 

チェシャ猫さんが焦れたように聞いてきて

 

 

「おとーとじゃない。俺はアサちゃんのフレンドだ」

 

 

ぎゅっ

 

 

トラネコくんが私の肩を抱き寄せ、チェシャ猫さんから更に引き剥がした。

 

 

「フレンド??オトモダチ?」

 

 

チェシャ猫さんが珍しい何かを見るような目つきで顎に手をやり、トラネコくんをまじまじと見た。

 

 

 

 

 

「違っ!!誤解しないでください!!

 

 

この子は元彼の幼馴染で」

 

 

 

 

 

 

言った後になって後悔した。

 

 

「「元彼……」」

 

 

トラネコくんとチェシャ猫さんが同時に同じ言葉で頷いたけど、二人とも浮かべていた表情は全然違った。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.150

 

 

「アサちゃん、ちょっと来て!」

 

 

ぐいっ

 

 

トラネコくんが私の腕を引き、歩き出す。

 

 

「ちょ、ちょっと!何よっ」

 

 

と、抗議するもトラネコくんはいつもと違った真剣な顔つきで、力強く私を引っ張る。

 

 

女の子大好きな困ったちゃんだけど、行動や考え方が可愛い男の子で、でもやっぱり―――

 

 

“男”だな。と実感した瞬間。

 

 

引っ張られて、チェシャ猫さんの方を慌てて振り向くと

 

 

 

 

「真田さん!」

 

 

 

 

彼は軽く手を挙げ、ネオンが輝く夜景の中また笑顔を浮かべていた。

 

 

「また連絡します」

 

 

すごくすっごく優しいし、ふわふわしてる感じだけど、手を繋ぐときとかちょっと強引で―――

 

 

「必ず」彼は言い切った。

 

 

 

 

 

 

待ってます―――

 

 

とは言えなかった。

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

さっき拾ったピルケース…結局渡せなかった。

 

 

 

 

 

P.151

 

 

 

―――

 

 

駅の改札口の前でトラネコくんはようやく手を離してくれた。

 

 

「どうゆうこと!あの胡散臭い男と付き合っちゃったりしてるの!?

 

 

倭人のことは!ボロ雑巾のように捨てるのかよ!!」

 

 

この時間帯、終電にはまだまだ時間があって、改札を通る人は少なくない。

 

 

トラネコくんの(聞き捨てなら無い)言葉を聞いて、ぎょっとしたり面白がったりする人たちが一瞬だけ私たちの方を注目する。

 

 

「ちょ!ちょっと待ってよ!

 

 

さっきの人とは付き合ってないし。第一、私たち会ったばかりだよ」

 

 

「でも手ぇ繋いでたじゃん」

 

 

トラネコくんは面白くなさそうに唇を尖らせる。

 

 

は。

 

 

子供ね。手ぐらい…

 

 

~な~んて思ったけど。

 

 

「キミだって女の子と手ぐらい繋ぐでしょう?」

 

 

「手は繋がない。チューはするし、それ以上のこともするけど」

 

 

「もっとタチが悪いわ!」

 

 

私はトラネコくんの頭を思い切りはたいた。

 

 

「そんなんだからいつまでもカリンちゃんに相手にされないのよ」

 

 

私の一言はトラネコくんのイタイ所をついたのか、トラネコくんは黙り込んだ。

 

 

ちょっと俯いて地面をじっと見つめてる。

 

 

言い過ぎた……反省の意味で

 

 

「ね…ねぇ」声を掛けるとトラネコくんはいつの間にか顔を上げていて

 

 

 

 

 

「ねぇ

 

 

 

 

どうして。

 

 

 

どうして倭人と別れちゃったの?」

 

 

 

 

 

 

痛いところをついてこられたのは

 

 

 

 

私の方だ。

 

 

 

 

 

 

 

P.152

 

 

駅前のコーヒーショップは終電の時間に合わせて深夜まで営業している。

 

 

翌朝は始発の列車の時間に合わせてお店を開けるみたいだから、すごい。

 

 

何が凄いって?そこで働く人が凄いよ。

 

 

黒猫も早朝のドーナツ屋さんでバイトしてたけど、結構大変だろうなー…とぼんやり思い出す。

 

 

もうあのドーナツ屋さんに行くこともない。

 

 

私が自動扉をくぐると、嬉しそうに出迎えてくれる

 

 

あの無邪気で太陽みたいな笑顔はもう

 

 

 

 

見れない。

 

 

 

 

窓ガラスに映った夜の景色をぼんやり眺めていると、

 

 

 『ニャ~♪』

 

 

 突如、私のバッグの中でネコの鳴き声が響き、周りのお客さんはビクっ!

 

 

私は慌ててバッグからケータイを取り出した。

 

 

バッグの中で猫を飼ってるわけじゃないですよ~…これは着信音ですぅ。

 

 

と言う意味で私は苦笑い。

 

 

黒猫と別れたって言うのに未だに着信音が変えられない私―――

 

 

しかもこれは

 

 

 

 

 

黒猫専用の着信音だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.153

 

 

ケータイを開くと、

 

 

 

“From:黒猫倭人

 

 

Sub:倭人です”

 

 

 

送信者とタイトルを見てドキリとした。

 

 

『倭人です』なんて他人行儀な出だしに……胸の奥がちくり。と痛む。

 

 

 

 

  • “本文:今、亮太といるって本当?
  •  あいつ、朝都に変なこと言うかもしれないけど、気にしないで”

 

 

 

久しぶりの黒猫メール。

 

 

相変わらずそっけないし、短いし。

 

 

変なことって何。

 

 

……一応気遣ってはくれてるんだろうけど、温度の感じられないメールにまたも胸の奥がズキリと痛む。

 

 

終わらせたのは自分なのに、どうしようもなく悲しくなる。

 

 

ホント私って身勝手。

 

 

 

はぁ

 

 

小さくため息を吐いて画面をスクロールしていくと、まだまだ文面は続いていて、私は目を開いた。

  

 

 

 

 

  • “何で亮太は朝都と会えて、俺は会えないんだよ。
  • 何でそこに居るのが俺じゃないんだよ。
  • マジで意味わかんねぇ。

 

 

  • 俺だって朝都と会いたいし

 

  • 顔を見て、手を触れて―――……

 

 

 

 

  • もっともっと近くに……―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

P.154

 

黒猫の文章は途切れていた。

 

 

文字数オーバー…?肝心な時にハズすんだから、ほんっと可愛い。

 

 

でも黒猫…何を言いたかったのかな。

 

 

この先に続く言葉は―――?

 

 

 

 

 

 

 

会いたい

 

 

会いたい

 

 

 

 

 

会 い た い

 

 

 

 

 

気持ちに蓋をしようとしていた。

 

 

必死になって忘れようと―――

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

蓋は閉まるどころか、いつも残り数ミリを残して完全にしまることがない。

 

 

それどころかぎゅうぎゅう無理やり押し込んでも、想いが強すぎて

 

 

強引に閉めるとその反動で思いも拠らないタイミングで開かれる。

 

 

私の目頭に熱い何かがじわりと滲む。

 

 

こんなところで

 

 

 

 

 

泣いちゃだめだ。

 

 

 

 

 

「お待たせ」

 

 

トラネコくんがコーヒーをトレーに乗せて私の元に来て、私は目じりを慌てて拭って何でもない素振り。

 

 

こんなことになると分かってたのなら、トラネコくんとコーヒーショップなんかでおしゃべりする気持ちにはならなかった。

 

 

でも分かっていてもやっぱり―――私はトラネコくんと向き合うことを選んだだろう。

 

 

 

それが身勝手な私の最後のケジメ。

 

 

 

 

 

P.155

 

 

窓際のカウンター席。そこは喫煙ルームだった。

 

 

横一列にスツールが並んでいて、トラネコくんは私の横のスツールに逆向きで腰を下ろした。

 

 

「ねぇ、どうして別れちゃったの?」

 

 

さっきと同じ質問をされて、私は唇を引き結んだ。

 

 

トラネコくんの目にできるだけ“イヤな女”として映るように。

 

 

トラネコくんは大仰にため息をはき、スツールをくるりと回すと私と同じような体勢で前を向く。

 

 

頬杖をつきながら

 

 

「まさかと思うけど、倭人のヤツ浮気でもした?」

 

 

「…違う。そんなんじゃない」

 

 

そっけなく…いっそ冷たく言い放つも

 

 

「じゃ、あれだ……倭人が強引にアサちゃんを押し倒してアサちゃんがキレた」

 

 

トラネコくんはいつもの調子で手をぽんと打ち、目をぱちぱち。

 

 

「ち・が・う!!

 

 

トラネコくんじゃあるまいし」

 

 

思わずいつも通りの口調に戻って目を吊り上げ、私はトラネコくんの胸倉を掴む勢い。(もちろんそんなことしなかったけどね)

 

 

「じゃー何でさぁァ」

 

 

「それ以外のこと…考えられないの?」

 

 

またも冷たい口調になって私が聞くと

 

 

「それ以外ぃ??」トラネコくんはう゛~んと唸って首を捻る。

 

 

私はコーヒーカップを両手で包み、トラネコくんから目を逸らすと

 

 

 

 

「分からないんなら教えてあげる。

 

 

 

 

倭人に飽きたの」

 

 

 

 

 

 

ホットカフェオレを飲もうとしていたトラネコくんはその動作を止めて大きな目をさらに大きく開いて私を凝視してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.156

 

 

 

「最初は物珍しくて付き合いはじめた。

 

 

ほら、あの子あれで顔“だけ”は可愛いでしょ」

 

 

嘘。

 

 

可愛いところは他にもいっぱいいっぱいある。

 

 

生意気で、気まぐれで、ヤンチャだけど―――でも最高に可愛い

 

 

 

私の彼。

 

 

 

私の言葉を聞きながら、意外にもトラネコくんは冷静だった。

 

 

「で?」

 

 

と先を促す。幾分か声が低くなったから多少の動揺はしてるだろうけど、でもホントのところはトラネコくんが何を考えてるのか分からない。

 

 

私は用意していた言い訳を忘れないうちに吐き出すことに専念。

 

 

「でも数ヶ月して、やっぱ年下だし。頼りないし、お金持ってないし。

 

 

私甘えられるより甘えるほうが好きだし。

 

 

だから、やっぱり大人の男の人がいいって思ったわけ」

 

 

思ってもないことを一気に吐き出し、私の指先は僅かに震えていた。

 

 

動揺を押し隠すようにタバコを一本取り出し火をつける。

 

 

「単なる火遊びよ。私にとってね。

 

 

ちょっと若い男の子と遊んでみたかっただけ」

 

 

「ふーん…」

 

 

トラネコくんは理解したのかしてないのか、間延びした返事でのんびりとカフェオレに口を付ける。

 

 

 

 

「でもさぁ、

 

 

 

アサちゃんそれ全部嘘っしょ?」

 

 

 

 

 

私の指から、火のついたタバコが落ちて、私は―――トラネコくんの方をゆっくり振り返った。

 

 

トラネコくんは無理やりと言った感じで微苦笑を浮かべていた。

 

 

テーブルに転がったタバコを灰皿に押し付け、火種を消すトラネコくん。

 

 

子供だと思っていた。

 

 

私の嘘に簡単に騙されると思った。

 

 

でもトラネコくんは私が考えるより大人で―――

 

 

 

 

騙すことはできなかったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.157

 

 

 

膝の上に置いた手をぎゅっと握る。

 

 

「何で……そんなこと言えるのよ。

 

 

私はトラネコくんが思ってるほどの女じゃないよ。ただ単に純粋に倭人を想ってると思った?

 

 

バカみたい。

 

 

本気になるわけないじゃない。五歳も年下の高校生に」

 

 

 

嘘に嘘を重ねるのがこんなに大変なことだとは思わなかった。

 

 

ちょっとでも油断したらボロが出て変にツッコまれそうだから、この手の話題を切り抜けて早く帰りたい。

 

 

そして倭人に報告してくれればいい。

 

 

『あの女、最悪だぜ。倭人別れて正解』―――って……

 

 

だけどトラネコくんは私の勝手な願いを聞き入れてはくれなさそうだ。

 

 

 

 

「何で、って?

 

 

そんなの決まってるじゃん。

 

 

 

 

アサちゃんは“イイ女”だから」

 

 

 

 

「――――…は?」

 

 

 

トラネコくんの意外過ぎる言葉に私は思わず彼の方を見た。

 

 

あの…キミ話の流れ聞いてた??

 

 

「イイ女だよ。だってアサちゃんはまだ倭人のことを想ってる。

 

 

別れたのは全然違う理由でしょ?

 

 

マジであいつ浮気でもしてんの」

 

 

「だから違うって……」

 

 

言いかけて

 

 

コンっ!

 

 

トラネコくんはカフェオレのマグを少し強めにテーブルに置いた。

 

 

その音が意外に大きくて私の肩がびくりと震える。

 

 

 

 

「いい加減やめなよ。慣れない嘘つくのは。

 

 

俺、ダテに遊んでたわけじゃないよ?

 

 

嘘をつけるワルい女と、付けないイイ女の区別ぐらい簡単につく。

 

 

 

アサちゃんは嘘をついてる。全部でまかせだ。

 

 

だけどその嘘は付きたくてついてる嘘じゃない。

 

 

 

さっきの話が本当なら、何でお揃いのストラップつけたままなんだよ」

 

 

 

 

 

トラネコくんがカウンターに置きっぱなしになっていた私のケータイを引き寄せ、マウスのボディーを軽く指で弾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.158

 

 

しまった―――と思った。

 

 

「青いリボン、俺が付けたんだよね。倭人…なんかすっげぇ楽しそうに“サムシングブルー”て言うらしいぜ?みたいなこと言ってた」

 

 

「こ、このストラップは単に気に入ってるから外してないだけだよ」

 

 

私はマウスのストラップを慌てて手で隠すように覆い、トラネコくんは探るように顔を近づけてくる。

 

 

「それも嘘。アサちゃん

 

 

 

 

だったら―――どうして泣いてるの」

 

 

 

 

 

え……

 

 

ゆっくりとまばたきをすると、私の目から熱を持ったように熱い涙が零れ落ちた。

 

 

「…な…なんでだろ…や…やだなぁ私…ゴミでも入ったのかな…」

 

 

トラネコくんの視線から顔を隠すように目頭を指で押さえながら顔を逸らそうとすると、ふいにトラネコくんに腕を掴まれた。

 

 

「もうやめなよ。

 

 

強がるのはさぁ。あいつが浮気したんだったら、俺とっちめてやるから」

 

 

力強い手の力とは反対にトラネコくんの声音は包み込むように優しかった。

 

 

「だから……それは違うって」

 

 

「うん。知ってるよ―――

 

 

だって倭人は

 

 

 

 

最高にイイ男だから」

 

 

 

トラネコくんは私の腕からゆっくり手を離すと、今度は私の肩をそっと抱きしめた。

 

 

「今日だけ限定。胸貸しちゃう。

 

 

ホントはフレンドにもこんなことしないけど~、俺のココは果凛専用だから♪」

 

 

はい、そーですかぁ。

 

 

と思いながらも、トラネコくんの腕の中はあったかくて

 

 

「今日聞いたことは倭人には話さないから安心して。

 

 

だから全部吐き出しちゃいなよ」

 

 

嘘に嘘を重ねようとした―――

 

 

トラネコくんを騙して、関係を根こそぎ断ち切りたかった。

 

 

 

 

でも

 

トラネコくんの声は優しくて、私はトラネコくんのシャツを力強く握り

 

 

「トラネコくん……ホントはっ…ホントはね…」

 

 

今度は流れる涙を止めようとはせず、しゃくりあげながらすべてを打ち明かした。

 

 

 

 

トラネコくんに抱きしめられて涙を流していると、窓の外……夜の景色の中

 

 

チェシャ猫さんの姿を見た気がした。

 

 

コートのポケットに手をつっこんで、寂しそうな悲しそうな…一言で言い表せない…

 

 

でも彼はやっぱり笑ってて―――

 

 

 

 

でも、まばたきをした瞬間、彼の姿はやっぱり消えていた。

 

 

 

 

 

 

P.159

 

 

すべてを話し終えても、私はまだひっくひっくと喉の奥でしゃくりあげていて、

 

 

「ほら、これ飲みなよ。ちょっとは落ち着くよ。

 

 

砂糖とミルクと俺の愛情入り~のリョウタブレンド♪」

 

 

リョータブレンド…何か飲むのが怖い気が。

 

 

そして五歳も年下の男の子に思い切りお世話されてるし。

 

 

何が年下オトコに飽きた、だよ。さっきの台詞撤回したい。

 

 

「でも……そっかぁ。

 

 

果凛のこと考えてアサちゃんは身を引いたってことだよね」

 

 

 

 

 

「身を引いたって言うと美しく聞こえるケド、ホントは怖いの」

 

 

 

 

 

私は俯いて両手で包んだコーヒーカップの中に視線を落とした。

 

 

倭人の周りにはカリンちゃんや、ロシアン葵ちゃんみたいな―――

 

 

年齢も立場も環境すらも共有できる子たちが居る。

 

 

私は何一つ倭人と共有できるものがない。

 

 

「怖い……?」

 

 

トラネコくんは不思議そうに目をキョトンとさせて、でもすぐに「まー、倭人って無愛想だし近寄りがたい雰囲気はあるよね」

 

 

と一人で納得してる。

 

 

「ち・が・う!倭人が怖いって言ってるんじゃないの。

 

 

私は!倭人の周りに居る彼と釣り合う女の子たちの存在に怯えてるの!」

 

 

トラネコくんの会話に振り回されて、つい本音が出ちゃったよ。

 

 

こんな風に話すつもりはなかったんだけど。

 

 

トラネコくんはまたも考えるように顎に手をやって

 

 

 

「恐れるでない」

 

 

 

と一言。

 

 

「何なのあんた!いつの時代の人間!

 

 

人が大真面目に悩んでるってのに」

 

 

もー!!トラネコくんのワケのわからないペースに巻き込まれて、私は噴火寸前。

 

 

でもトラネコくんは“怒り朝都”なんて気にしない気にしないのマイペースぼーや。

 

 

「だって、倭人の好みのタイプって年上のおねーさまだぜ?

 

 

口には出してないけど、『同級生なんてねんねだぜ』とか思っちゃってるって」

 

 

倭人が……?

 

 

「言わない、言わない」

 

 

私は真顔で手を振り振り。

 

 

「あ、やっぱそーだよね♪」

 

 

何なのこの子わ(怒)!!

 

 

 

 

「でもさぁそれってそんなに悩むこと?」

 

 

 

 

またもトラネコくんは真面目な顔に戻って私を覗き込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

P.160