危険な女装ゲーム!
―――――
――
「動かないでコウ」
と俺の目の前にはマリアさまの可愛らしいお顔が至近距離にあって。
「コウさん、力を抜いてください」
と、俺のすぐ背後には沙夜さん。
何だか意味深な光景だが、
ぎゅっ!
俺の腹に回った着物の帯がぎゅっと締められて、
「く、苦しい!沙夜さんもっと優しく…!」
俺は悲鳴を挙げた。
「動かないで!マスカラが瞼についてしまいますわ」
とマリアさまがマスカラのボトルを持って真剣。
俺は今―――女性ものの着物を着せられ、かつらをかぶせられ化粧も施されている。
―――マリアさまのお願いと言うのは、このこと『女装』だった。
P.129
俺は完全に今、マリアさまと沙夜さんのおもちゃ。
「だって絶対コウは女装が似合うと思ったのだもの♪」
「花魁の衣装でございますわ、コウさん。まるで歌舞伎役者の女形みたいですよ。
とってもお似合いですわ」
沙夜さん……確かに歌舞伎の女形は男性がやるもんですけれど、それとこれは別!
「てかこの衣装とかつら!どうしてこんなものが宮殿に!?」
「父上が大の歌舞伎好きで、日本に行かれた際に着物に一目ぼれしてかつらも購入されたのですわ」
確かに…最後に俺の肩に掛けられた…打掛??って言うのかなこれは。
黒い生地に金色の蝶々が飛び交っていて、裾の方は赤い牡丹の花が咲き乱れている。
着物のことに疎い俺でもそれが値が張るものだと分かった。
白塗りした顔に、最後に目じりと唇に赤い色を灯して……
「でーきた♪コウ、素敵よ!!」
マリアさまが楽しそうに言って鏡を突きだしてきた。
「本当に……女の私でも見惚れてしまうような美しさで」と沙夜さんは顔をピンク色に染めて着物の袖で口元を隠す。
マリアさまが差し出してくれた鏡に写った俺は―――
白い肌、黒いかつらは「兵庫」と呼ばれる大きな髷で「鹿の子」と呼ばれる絞り染めや、襟元でキラキラとしなだれる「えりずり」という飾りがついていた。(専門用語は全部沙夜さんに教わった)
…………
認めたくないが、どこからどー見ても女。(設定は花魁らしいが、芸者っぽくも見えなくもない)
ありえない自分。
がくり↓↓肩を落としていると、マリアさまがさらに追い打ち。
「今日一日はこの恰好で過ごしてもらいますわ。それがわたくしのお願い♪」
な、なん!!
俺は口をぱくぱく。
何も言えん。
P.130
「さ、沙夜さん…!」
俺が沙夜さんに助けを求めると、「マリア様が決められたことですから」と沙夜さんは上品にくすくす笑う。
俺は確信した。ぜってー沙夜さんも楽しんでる。
こうなったらこの姿で一日乗り越えてやる!誰も俺だと気づかない筈!多少悪目立ちはするだろうが、好奇の目なんてスルーしてみせるぜ。
そう誓って部屋から出ると
目の前に秋矢さんの姿が。
「あ……きや……さん」
一番会いたくない人に一番最初に会っちまったよーーー(泣)
秋矢さんは大きく目を開き、
「ミスター来栖…?」
秋矢さんは俺を指さし目をぱちぱち。
早速バレたし!!!
秋矢さんはしばらく時間が止まったように目をしきりにまばたいていたが、
「よ…良くお似合いですよ……くくっ」
最後の方は声が震えるほど、笑いを我慢していたみたいで。
「わ、笑うのなら全面的に笑ってください!」
ヤケになって言うと
「すみません……あまりにもお似合いだったので」
秋矢さんはまだ笑いを堪えているのか涙目になって俺を見下ろしてくる。
「その恰好じゃ動き辛いでしょう、姫。私がどこでもお供いたしますよ」
秋矢さんは笑いを堪えながら俺の白く塗られた手を取り、廊下を促す。
まぁ確かに……お引きずりと言うらしい着付けは、現代の和装と違って裾がとても長く床を引きずっていて歩きづらい。
秋矢さんはスマホを取り出し、またカシャリ。
またTwitterかよ。と若干うんざりきながら、何だか色々反論する気力もなく
俺は秋矢さんに連れられるままマリアさまのお部屋を出た。
P.131
それに俺の方も秋矢さんと二人きりになりたかった―――と言うのもある。
「何故あんな嘘をついたんですか」
隣を歩く秋矢さんを睨み上げると
「あんな嘘とは?」
と、秋矢さんが白々しい目で空とぼける。
「とぼけないでください!あんな…鞭打ちとか、犯される……とか…」
俺の声は自然しぼんでいった。昼間っからあまり大きな声で言える内容じゃない。
「すみません、もう一度」
秋矢さんはわざとらしく耳に手を添えて俺を見下ろす。
「く……」
俺は唇を噛み
「もういいです!」
今は秋矢さんの顔も見たくない!
俺がどれだけあの一瞬、恐怖に陥ったか。
くるり、俺は踵を返す。
秋矢さんに俺の気持ちなんか―――……
思って、目を開いた。歩き出そうとしていた足が止まる。
顔だけ振り返って秋矢さんの方を見ると、彼は薄い唇に淡い笑みを浮かべていた。
俺の心臓がドキン、ドキンと嫌な音を立てて早まる。
まさか―――……彼は知らない筈だ。俺の過去のことを―――
「怒った顔もなかなかcuteだが、せっかくの美人が台無しですよ」
クスっ
秋矢さんは喉の奥で涼しく笑い、「失礼、私はこれから用がありますので。あなたのご案内はここまでです。残り半日だが良い一日を」
秋矢さんはそれだけ言って投げキッスをすると、俺に背を向け歩き出す。
「待っ……あき……!」呼び止めようとしたが、その後に続く言葉が喉から出なかった。
さっきご案内するって言ってたじゃん。また嘘かよ。
けれど俺は―――
秋矢さんのその姿を追いかけることができなかった。
P.132
てかこの恰好でどこへ行こう。宮殿内をうろうろしていたら、目立ち過ぎるし、すれ違うお手伝いさんからは
「Wow Japanese Kabuki! It's beautiful!」
とか
「Oh Japanese Geisha! wonderful!」
とか言われて、みんな足を止めて俺をじっと見てくる。
し、仕事してクダサイ、皆様。
って、俺に言われたかねーよな。
好奇の視線に耐えられなくなって、早々に自室に引き返すことに決めた俺。自室に入っちゃえば、誰とも顔を合わせることなく夜まで過ごすことができる。
夕飯は……さすがに出なきゃいけないけど、またみんなと顔を合わせることになるけど
それはそのときだ。
俺は自室に向かうと、部屋の前には――――
んゲぇ!!
今一番会いたくない人―――オータムナルさまが何やら花束を抱えて俺の部屋をノックしようとしていたところだった。
くるり!
すぐさま回れ右をして来た道を引き返そうとするも、長い着物の裾を踏んで俺は前のめりに倒れそうになった。
「ぅを!」
思わず声が出ると
ぐいっ
力強い手で俺の腕を掴み、倒れるのを引き止めてくれたのは……
オータムナルさまで。
「大丈夫か?」
くすぐるような低い声で囁かれて、俺の胸がさっきとは違う種類のドキン……と言う高鳴りを覚えた。
P.133
これって少女マンガやドラマの王道パターンだよな。ここで二人は恋に堕ちちゃって……
なんて乙女な妄想してる場合じゃないって!
俺はこんなナリだけど男で、オータムナルさまも男性だ。
けれど今はあれこれ考えてる場合じゃない。こんなみっともない姿見られたくなくて、俺は袖口で顔を隠すと
「ありがとうございました……では」と裏声で応えて、早々に失礼しようと決め込んだ。
しかし
「待て」
オータムナルさまは俺の手を握ったまま、離してくれる様子がない。
やや強引な仕草で前を向けされられると
「何と、美しい。まるで天女のようだ。
この世のものとは思えぬ美しさだ。
そなた名は―――」
そう聞かれて
へ――――……?
気づいて……いらっしゃらない??
俺は間抜けに目をぱちぱち。
「私の名はオータムナル・アシュラフ・ウルワ・ヤズィード・バシール・カーティア。この国の第一皇子だ」
知ってます。てか久しぶりにオータムナルさまの本名を聞いたけど、またも覚えられない俺。
「もう一度聞く。そなた名は?」
せっかちに聞かれ、オータムナルさまの手に抱かれた百合の花束が視界に入り、オータムナルさまのくゆらせている紅茶の香りと百合の花弁の強い芳香が混じってこれまた不思議な香りを醸し出していた。
咄嗟のことに
「……ゆ……百合子……と申します」
と適当に名前を告げた。
P.134
「ユリコか、名も美しいな」オータムナルさまは目を細めて微笑。
ズキン……
途端に胸の奥で心臓がイヤな音を立てて打った。
何でだろう……
オータムナルさまに俺の女装だって気づかれたくなかったのに、違う‟女”のことを愛おしそうに見ている彼に少しだけもやもやとした感情がくすぶる。
秋矢さんだってすぐに俺だって気づいたのに、何でオータムナルさまは気づいてくれないんだよ。
矛盾してる。
このわけも分からない感情に支配されて、どうにかなりそうだった。
俺は袖で口元を隠し、目を伏せ顔を逸らした。
オータムナルさまがその手を俺の腰に回し俺を引き寄せる。帯越しに彼の熱が伝わってきた。
「恥じらっているのか。私の前では通用せんぞ。
さぁもっと顔を良く見せてくれ」
「お戯れはお止しになってくださいまし」
マリアさまや沙夜さんの口調を真似て、何とか逃げようとするもまとわりつく足元の着物でまともに身動きできない。
俺はオータムナルさまに抱きかかえられるように彼の腕の中。
それでも何とか顔を合わせないように視線をそらしていると
俺の顎に手を置かれ、
「いつから百合子と言う名になったのだ。
紅」
オータムナルさまの声で俺は目を開いた。
P.135<→次へ>
冬の夜
キミへの気持ちを窓に託しました
たった一言が言えない私は臆病者ですか?
でも今はこれが精一杯
雪に想いを
『次はお天気コーナーです。今日から明日にかけて低気圧が日本の南を発達しながら東北東に進み、明日には日本の東に進む見込みです。
関東甲信地方では今夜から雨が次第に雪に変わり、あす午前中にかけて山沿いを中心に、平野部でも積雪となる所がある見込みです。雪による交通障害、架線や電線、樹木等への着雪、路面の凍結に注意してください』
今朝のワイドショーのお天気キャスターの言葉を思い出したのは、勤めている会社の定時を迎え業務を終えたときだった。
「えー!やだっ!雪降ってるじゃん」と誰からともなく声が挙がり
「ホントだー、私傘持ってきてない」
「どうりで冷えると思った」
と同僚たちが次々と口にする。
またも誰かが「せっかく彼氏に買って貰ったバッグが濡れちゃう」と言い出し、それでもちっとも困った様子ではなく、どこか誇らし気だ。
そしてその周りの女子たちが盛んに羨ましがる。
「いいなー、でもあたし今度のクリスマスにダイヤの指輪ねだっちゃうんだー」と一人の女の子。
「いいなー!」黄色い声に、私は苦笑いを浮かべるしかない。ここでの男の年収と、女の品格は反比例する。いかにいい服を着るか、いかにいいバッグを持つか、いかにいい男を彼氏にするか、年中こんな会話でうんざりする。
かと言って輪に加わらないわけにはいかない。仕事とプライベートの内容こそ比例するのだ。
P.1
「仁科《にしな》さんはいつも素敵な服着てますよね」ふいに一人から話題を振られた。
「えっ、そう?」私は曖昧に笑って言葉を濁した。今日の服装は白いタイトワンピ。腰回りに太いベルトが巻き付いていて、ちょっと豪華に見えるゴールドのバックルがワンポイント。
そして同じくゴールド系のスパンコールが襟元に入ったコートを腕にかけて帰りたいアピール。
シンプルな服装だったけど、流石は目が肥えている女子たち。すぐにそれが高価なものだと見破った。女のチェック程厳しいものはない。私がオシャレをするのは対、男ではなく、彼女たちの為。
「仁科さんてぇ、結婚しないんですかぁ」間延びした話し方が赦されるのはこの年代の特権だ。
「結婚ね……相手がいないから」私は適当にごまかして再び言葉を濁した。
こう言っておけば大抵の女は引き下がる。私が長い間、人付き合いをしてきて、これが最良の方法だと知ったのはつい最近のこと。
私がこの会社に勤めはじめて五年になる。この会社での女性正社員では長いほうだ。後から派遣された若い女の子たちから見れば私なんてお局のようだった。
「そう言えばぁ仁科さん、この前見ちゃったんですぅ」一人の女の子が思わせぶりに口元へ手をやった。
短く切った髪にはパーマがあててあり、傍から見ればマシュマロのように可愛らしい女の子だ。
だが、そんな可愛らしさに惑わされてはいけない。女はいつでも顔の下にしたたかな一面を隠しているのだから。
P.2
「何を?」私は平静を装って取り澄ました。
もしかして“アイツ”と居る所を見られた?と思ってドキリとしたが
「この前の金曜日、青山のイタリアンレストランで、経理の前田さんと一緒にいるところぉ」
ああ、そっちか。とちょっとほっと安堵する。
「ええー!!」周りから黄色い声が飛ぶ。私は思わず頭を押さえたくなった。
そう、確かに経理の前田に誘われて先週の金曜に青山まで行った。
でも食事をしただけで、別に艶かしい関係ではない。だが、ここで重要なのが、経理の前田という男、この会社ではなかなかのハンサムでしかも独身、きさくな性格をしているわりには頼れる上司でもあるのだ。そうゆう男を若い女性社員が放っておくわけがない。
「いいなー、ねえお二人って付き合ってるんですか?」
食事をするイコール男女の関係と、どうして若い子たちはそう短絡的なのだろう。私はこの場から逃げ出したくなった。だけど、この場から立ち去ると認めたことになってしまう。
「別に、ただお食事に誘われただけよ」
「うそー、絶対前田さん仁科さんのこと狙ってるわよぅ。だって、あたしたちがいくら誘っても全然だったのよー。それなのに前田さんは仁科さんのこと」
嫉妬心と羨望の眼差しで見られ、私は思わず後ずさり。
何とか前田との話を切り返し、従業員出入り口から女子の群れに混ざって出てきた所だった。
遠くで派手なエンジン音が聞こえてきて、この狭い路地裏へと近づいてきた。この聞き慣れたエンジン音。私は嫌な予感がして思わず一方通行の標識を見つめた。
「よーう、仁科」黒のポルシェの窓から腕を出し、銜えタバコをしながら九条《くじょう》が手を振っている。
「やっぱり」
私は、今度こそ頭痛をこらえるように頭をしっかりと押さえた。
P.3
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
でも勘違いしてもらっては困る。私はこいつの客じゃない。東京を離れていたのも、大方客の一人と遠征旅行でもしていたのだろう。
「違っ!こいつとは単なる腐れ縁。彼氏とかじゃないから」
と慌てて否定するも秒の単位で噂が回るこの会社で明日の朝には『仁科さんて、ホストに貢いでるらしいよ』とあちこちで言われるに違いない。
くらり、と眩暈が起きた。
腐れ縁、と言うのは間違いない。中学からの同級生だから。
「じゃあ、本命は前田さんですかぁ?」女の子達が興味津々で目を輝かせている。
「前田??ひどいなー、仁科ぁ。俺たち何度もセック……もがっ」
最後の方が言葉にならなかったのは私の手が九条の口を塞いだから。
ふざけんな!何言い出すんだこいつぁ!!
空気読めっつうの!
と言うことを目で訴えると、流石に冗談が過ぎたと思ったのか九条は苦笑い。
「で?行くの?行かないの?」せっかちに聞かれて
「わかったわよ!行くわよ」半ば怒鳴るように九条を睨みつけると、私はそそくさと助手席に回った。
「それじゃ、私はこれで。お先に」女の子たちにはなるべく平静を装って、にこやかに手を振る。
ため息をついて車の助手席を開けると、運転席から九条が笑顔で手を差し伸べてきた。
「ただいま、仁科」
昔とちっとも変わらない笑顔。眉が下がり、目を細める、優しい笑顔。そして時々その低い声で呼ばれる、自分の名前。何だかくすぐったいが、この笑顔を向けられたら、たとえ九条の勝手に振り回されても、赦せてしまう。
「……おかえりなさい」私は俯くと、小さく返事を返した。
P.5
前述した通り私と九条とは中学からの付き合いだ。かれこれ十年以上の付き合いになる。十年、と言う歳月は長く感じられるけれど、その間に音信不通になったり、そしてどこからか連絡先を入手して電話を寄越して来たり、をだらだらと繰り返している。
でも、私たちははっきりと『付き合って』はいない。もちろん九条のブラックジョークの『体の関係』もない。
あるのは中学生から変わらないノリと
私が九条のこと「好き」
と言うことだけ。歳を重ねて、九条がホストになって……あ、今はホストじゃなくホスト店を経営してるオーナー様でもあったかしら。とにかく環境は変わったものの、不変的な何かは確実に存在している。
パワーウィンドウの外をちらほらと雪が降っていた。
「北海道行ってきたんだ~土産に蟹買ってきてやったぞ」と九条は運転しながらどこか楽しそう。
「北海道……ここより雪が多そうね」ぼんやりと呟きながら、九条に気づかれない程度にこっそりと、外気との差で曇った窓ガラスに、人差し指で
『好き』
と書く。
私の書いた文字は私の体で隠れて九条からは見えない。
「蟹すきしようぜ~、お前んちで」
「何であんたを一々上げないといけない?」
言い合いをしながら、やがて私のマンションに着く頃にはみぞれになった大粒の白いものが私の『好き』をかき消す。
「だってお前んち床暖あるじゃん?」
「そんな理由かよ」
中学生から変わってないこの関係とノリ。
今はまだ―――
この関係でいいや。
~FIN~
P.6