Autumnal

迷いの森へようこそ


 

 

とは言ったものの、二人きりで出かける二回目のデートに俺は浮き足立っていた。

 

 

ちゃっかり

 

 

森を通ると言うことで狩りも楽しもう、と言うことになって―――

 

 

狩りをしながら森を通過し、砂漠に出て夜空を二人きりで眺める。

 

 

日本じゃなかなか体験できないプランだが、

 

 

なんて素敵なデートプラン!!!

 

 

だ・と・思・っ・て・た・が

 

 

「皇子とミスター来栖、二人で狩りへ?なりません」

 

 

と、ピシャリと反対してきたのは、やっぱり秋矢さん。

 

 

どーでもいいんだけど、何でこんなデートまでわざわざ報告しなきゃなんないの。

 

 

……まぁ俺が?出かけるときに報告しろって言われたしね、一番最初に。

 

 

「大体狩りなんて危険なものにお付きの者を一人も付けずに行かせられるわけないでしょうが」

 

 

と、今日に限って秋矢さんは若干怒りモード。

 

 

……つ、冷たい。

 

 

ま、まぁ??考えたらそうなるけどな。

 

 

俺は狩りは初めてだからどんな危険が付きまとうのか皆目見当もつかない。

 

 

それにオータムナルさまだってど素人の俺と二人だったら、不安かもしれない。

 

 

守る―――と誓ったはずなのに

 

 

早速不安になる俺―――こんなんじゃオータムナルさまに受け入れられないよ…

 

 

「紅、確かにトオルが言うように森は様々な危険がある。

 

 

“Maze of the forest(迷いの森)”と言う異名があるぐらいだ。

 

 

地形に詳しい人間でも迷ったら最後、森から抜けられない。

 

 

二人では危険だ」

 

 

オータムナルさまの説明でぞっとなった。

 

 

そう言えばここにきたばかりのとき、マリアさまもちらっとそんなことを言っていたような…

 

 

「私がお供いたしましょう。あとは数人こちらからお付きの者を用意いたしますので」

 

 

秋矢さんに言われて、俺たちは顔を見合わせた。

 

 

オータムナルさまは、『仕方ないか…』と言う表情で頷き、俺は

 

 

何だ、二人っきりじゃないんだ……

 

 

と、がくりと肩を落とした。

 

 

 

 

P.357


 

 

―――――

 

 

――

 

 

 

それから秋矢さんの準備は早かった。

 

 

俺は宮殿の隅に位置している馬小屋……と言うか厩舎(きゅうしゃ)だな、こりゃ。に連れてこられて、

 

 

「はぁああ!凄い!!」

 

 

と大きな口でみっともなく驚いた。

 

 

仕切りで区切られているこれまた競馬でのサラブレッドと思える立派なお馬さんたちが連なっていて、

 

 

運動場では今も調教師さんと馬がトレーニングを行っている。

 

 

まさかと思うが……

 

 

「紅、お前はどの馬が良い。気に入ったら一頭お前にやるぞ。

 

 

乗り心地を確かめてみてもよいぞ」

 

 

なんてさらにびっくり発言をかましてくれたわけで……

 

 

「お、俺!!馬なんて乗れませんから!!乗ったことないし!」

 

 

慌てて手をぶんぶん横に振ると

 

 

オータムナルさまと秋矢さんが顔を見合わせて目をぱちぱち。

 

 

「それはまことか」

「本気ですか?」

 

 

二人に詰め寄られて、俺は頷いた。

 

 

「はぁ……馬も乗れずに良く狩りに行くなんて言えましたね」

 

 

秋矢さんは呆れたように額に手を置き、

 

 

俺はムっとなって秋矢さんを睨んだ。

 

 

「だって馬に乗っていくなんて聞いてませんもん!車なら多少自信があるのに…」

 

 

この様子じゃ、俺以外みんな馬に慣れているようだ……

 

 

唇を尖らせていると、

 

 

 

 

 

 

 

「私の説明不足だ。すまなかったな。

 

 

森は獣道が続いている。狭いし、荒々しいし、どんな立派なオフロードカーでも無理だ」

 

 

 

 

そうなんだぁ。

 

 

 

てか、それを最初に言ってよねぇーーーー!!

 

 

てか、俺どうすればいいの!?

 

 

 

 

 

 

 

P.358


 

 

一人で不安に青くなっていると、

 

 

オータムナルさまは俺の頭をなでなで。

 

 

「とりあえず、お前が気に入った馬を選ぶがいい」

 

 

「……え、でも……」

 

 

「選ぶだけだ。乗れとは言わない」

 

 

オータムナルさまに促され、俺はおずおずと厩舎の中に一歩脚を踏み入れた。

 

 

選ぶ……たってなぁ……

 

 

厩舎の中の馬はどれも躾がきちんとされているのか、見知らぬ人間が来ても慌てることなく上品に鼻の先を衝立からのぞかせている。

 

 

黒馬に、茶色いの……それから白馬ってのもいるな。

 

 

どれも俺に似合わなさそうで……てか馬が似合う男ってどんなのよ、と思いながら

 

 

一頭だけ―――、一番奥の仕切りに居る馬にぴんとくるものがあった。

 

 

茶色の毛並はツヤツヤで、こげ茶と言うより高級な紅茶色を思わせた。さらに鬣が陽に透けて

 

 

金色だぁ……

 

 

凛々しい目とそれを縁どる長い睫、ピンと伸びた背筋や首などの上品な佇まいが

 

 

 

 

オータムナルさまのそれと似ていた。

 

 

 

「これ!この子にします!俺!!」

 

 

一目ぼれっての??

 

 

馬をオータムナルさまに見立てたら失礼かもしれないけれど、だって気に入ったんだもん。

 

 

俺がその名前も知らない馬を指さすと、またぞろオータムナルさまと秋矢さんは顔を見合わせた。

 

 

な、何だろう……乗れないくせに立派な馬選びやがって的な??

 

 

俺は二人の視線にびくびく。

 

 

けれど

 

 

「それが気に入ったか」

 

 

「さすがはお目が高い」

 

 

二人はそれぞれに言って、

 

 

「Hey.(出してくれ)」とオータムナルさまがお供の一人に合図すると、手綱に繋がれた馬が出てきた。

 

 

 

 

 

 

「これは私が二十のときに父上から誕生日プレゼントとしてもらい受けた馬だ。

 

 

名は“ヤズィード”私のミドルネームの一部を使用している」

 

 

 

 

 

へ――――……

 

 

そ、そんないい馬を選んじゃったの俺!!

 

 

 

P.359


 

 

「ヤズィードは、瞬発力、持続力など運動神経がとて優れている上、非常に頭も良い利口な馬です。

 

 

この美しい茶色の毛並はあなたに良く似ていませんか?」

 

 

サラッ……

 

 

ふいに秋矢さんに髪に触れられて、

 

 

「あ…あはは?そーですかぁ」

 

 

と、俺は苦笑いで逃げ腰。

 

 

そんな秋矢さんから俺を奪うようにサっと前に立ちはだかるオータムナルさま。

 

 

バチバチッ!

 

 

見えない火花が空中で音を立てているように思えて

 

 

何か……狩りの前に………ひと波乱起きそうな気がする。

 

 

そんなことを一人で考えていると

 

 

ふわり

 

 

俺の脇の下に手を入れて、俺の体を持ち上げるオータムナルさま。

 

 

「ぇ!ぇえ!!」

 

 

そのまま軽々持ち上げられ、ストン……馬に乗せられた。

 

 

「ぅわわ!」

 

 

いきなり乗せられて、視線が一気に高くなった。あの長身ペア、オータムナルさまと秋矢さんを優に見渡すことができる。

 

 

こんな光景はじめて!!

 

 

ヤズィードは俺が乗ったことで突然暴れ出す雰囲気でもなく、

 

 

鐙(あぶみ)をステップにしてオータムナルさまが俺の後ろに跨っても、少しも動じるわけでもなく大人しくしていた。

 

 

オータムナルさまは俺の腰に手を回すと、手綱を握った。

 

 

「紅は私と乗れば何の問題もあるまい。二人で行こう」

 

 

オータムナルさまと二人で―――……?

 

 

それは嬉しいことだけど、この恰好は、恥ずかしいんだけど……

 

 

俺、これじゃお姫様じゃん!?

 

 

 

 

 

 

P.360


 

 

 

―――――

 

 

―――

 

 

お姫様……だと思ってたが、お姫様もなかなか大変だ。と気づいたのは森に入って数分してから。

 

 

鬱蒼と茂る木々の間で蹄の音だけがこだましている。

 

 

濃いモスグリーンが俺たちを遮っているように思えるが、そこはなんの。

 

 

オータムナルさまはさっきから人一人ようやく通れるような細い獣道を迷いなく右へ左へと馬を走らせる。

 

 

土や泥を撥ね飛ばし、まるで地面ごと揺すられている慣れない感覚に、俺はヤズィードから落っこちないようにひたすら馬に縋るしかできない。

 

 

手綱を握っているのはもちろんオータムナルさまで……

 

 

優雅にパカパカ……ってのを想像してたけれど、本格的過ぎだろ!!

 

 

オータムナルさまも秋矢さんも、さらにそれに続いてお供の人たちも、(馬を)飛ばす飛ばす!!

 

 

早馬か!とツッコミたくなったけれど、ツッコむ余裕すらない。

 

 

「森は広い!のろのろしていたら狩りのスポットまでたどり着けない!」

 

 

耳の横で轟々と唸る風の音を聞きながら、オータムナルさまが負けじと怒鳴り声を挙げた。

 

 

「もう少しです!ミスター来栖!馬酔いは!?」

 

 

同じく秋矢さんも声を張り上げ、俺の心配をしてくれている。

 

 

大声を出さないと蹄と風の音でかき消されるのだ。

 

 

「大丈夫です!」と答えるのが精一杯。

 

 

てか二人とも!何でこんな早く馬を走らせながら会話できんだよ!!

 

 

P.361


 

 

狩りスポットと言う場所にはそこから二十分ほどで到着できた。

 

 

そこだけ木々がすっぽりと無く、ただ倒れた太い幹にはコケがこびりついているのを見ると

 

 

自然にこの場所が出来たのだ、と納得できる。

 

 

空を見上げるとまるで絵具を垂らしたような鮮やかなマラカイト(孔雀石)色が広がっている。

 

 

空は葉で覆いつくされ、太陽の光が届かないこの場所は市街地のカラリとした空気とはうって違ってじめじめと湿気が多い。

 

 

馬も足場の悪さに何度も足踏みをしているから、こっちとしては居心地が最悪。

 

 

だけど―――

 

 

コンパスも何も見ずにすんなり到着できたんだから、やっぱりオータムナルさまと秋矢さんはこの森に土地勘があるのだ、と言うことに改めて気づいた。

 

 

……長かった…

 

 

「ぜぇ…はぁ…」

 

 

俺だけがまるで未知のマシーンに乗ったかのように、呼吸困難で荒い息。

 

 

「づ……づがれ゛だ…(注:疲れた…)」

 

 

一方のオータムナルさまと秋矢さんは呼吸一つ乱しておらず、涼しい顔。

 

 

「はじめての乗馬だと言うからスピードを押さえたつもりだったが、すまなかった」

 

 

オータムナルさまは俺の頭をなでなで。

 

 

あれでスピードを押さえていた!?

 

 

「ミスター来栖も、もうあと三回程乗ったら慣れますよ」

 

 

あと三回も!?一回で十分!!

 

 

 

 

P.362


 

 

 

これってデートだよな……

 

 

何でうきうきワクワクデートがこんなにデンジャラスなの!!?

 

 

秋矢さんは馬からひらりと降りると、

 

 

「狩りの道具をここに」とお供の人に命じている。

 

 

狩りの道具―――なのかな……長い猟銃やアーチェリーのような弓を取り出し、これまた手慣れた手つきでセットしていく。

 

 

俺はぼんやりとその光景を眺め、時折聞こえてくる不可解な鳴き声(…だよな?鳥っぽい)に一々ビクっ!

 

 

オータムナルさまが鳴き声に耳を澄まし空を仰ぐと

 

 

「ハイタカ(鷹の一種)だ。よし、獲物が近い。

 

 

トオル、猟銃をここに」

 

 

目が一層険しくなった。

 

 

いつか屋台の射撃場で見た――――……

 

 

 

その凛々しい横顔を見つめ、自分の心臓がドキドキと高鳴るのを感じる。

 

 

オータムナルさまが秋矢さんから猟銃を受け取り、構えの姿勢に入ったときだった。

 

 

草木を裂く、或は風を斬る音が聞こえ、鬱蒼と茂る森の奥から

 

 

 

 

 

 

何かが飛んできた。

 

 

 

 

 

 

P.363


 

 

 

      ――――

 

 

 

目視で確認できない程、“それ”は素早く、秋矢さんの乗っていた黒毛の馬に命中した。

 

 

馬が聞いたことのない悲鳴を挙げて、前脚を蹴り上げる。

 

 

よく見たら馬の尻に矢が刺さっていた。

 

 

「アーレフ!」

 

 

秋矢さんが馬の名前を叫んで、手綱を握ろうとしたが、

 

 

「秋矢さん!!」

「トオル!」

 

 

俺たちが叫ぶより早く馬は秋矢さんを蹴り飛ばし、その強烈な脚力に秋矢さんの体が後方へ吹き飛ぶ。

 

 

馬から降りていたお付きの人も“アーレフ”と呼ばれた馬を宥めようと必死だが、いかんせん暴れ馬のごとく暴れまわる大きな馬を目の前に、みんな文字通り手も足もでない。

 

 

アーレフの異変を察したのか、ヤズィードをはじめとする他の馬たちもそわそわと落ち着かない。

 

 

何とかしなきゃ!

 

 

そうこう思っているうちに二本目の矢が飛んできた。

 

 

草木を掻き分ける独特の音が耳に入り、

 

 

「オータムナルさま!」

 

 

俺は彼から手綱を奪い、ヤズィードの手綱を思いっきり引いた。

 

 

 

守らなきゃ!

 

 

オータムナルさまも、オータムナルさまが大事にしている馬も―――

 

 

手綱を引かれたヤズィードが突然のことに悲鳴を挙げる。

 

 

ヤズィードは前足を宙に掲げると背を逸らした。

 

 

「What!?」オータムナルさまが落っこちないように彼の片手を握り、

 

 

その隙に俺はヤズィードの上から身を乗り出した。

 

 

矢の秒速は56m程。目視で140km/h位はある。

 

 

 

いける――――!

 

 

そう確信があった。

 

 

 

 

俺は空いた方の片手で

 

 

飛んできた矢を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何とかキャッチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.364


 

 

じん……と手のひらに痺れが湧いたのは矢のスピードと重みが重なったからだろう。

 

 

「!」

 

 

オータムナルさまが声にならない声を挙げ、俺はキャッチした矢を握りながら、まだ暴れているアーレフの背に飛び乗った。

 

 

「紅!!」

 

「ミスター来栖!?」

 

 

オータムナルさま、秋矢さんの声がそれぞれ聞こえたけれど

 

 

俺はアーレフの手綱をしっかりと握ると、彼の首に手刀を一発お見舞い。

 

 

やがてアーレフは嘘のように大人しくなった。

 

 

俺はアーレフの鬣をそっと撫で、

 

 

「よし、よし…アーレフ…お前は文字通り“賢い”子だ。

 

 

あと少し、俺の“脚”になってくれよ?」

 

 

と語りかけた。

 

 

馬と意思疎通なんて、無理な話だけどこのときばかりはアーレフと会話できた気がする。

 

 

俺は手綱を握り返し

 

 

「Hi!」

 

 

大声を挙げて、アーレフの尻を蹴った。アーレフは甲高い悲鳴を挙げ、回れ右。

 

 

「紅!!どうすると言うのだ!」

 

 

オータムナルさまの怒鳴り声を聞いたが、俺はそれに何も答えることができなかった。

 

 

アーレフの手綱を握り、さらに森の奥深く……

 

 

この矢を撃った人物を追うために―――

 

 

茂みの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

狙撃手はまさか俺が追ってくるとは思ってなかったのだろう。

 

 

あっさりと見つけることができた。

 

 

 

鬱蒼と茂る草木を掻き分け、やがてまたぽっかりと空いた空虚な空間に出て俺は目を瞠った。

 

 

茂みの奥に隠れていたのは、黒く大きな馬に跨った、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

P.365


 

 

黒い長い髪がゆらゆらと揺れた。大きなサングラスの向こう側で目が見開かれた―――ように思える。

 

 

唇は熟れたリンゴのように真っ赤な口紅を引いていた。

 

 

 

あの感謝祭で見た―――

 

 

 

 

レディブラックスワン―――

 

 

 

 

 

 

今回はふわふわのドレスではなくて、黒い革のジャケットに同じ素材のパンツ。

 

 

手にはアーチェリーではなく、弓道サイズ程の弓矢を手にしている。

 

 

ライダーの恰好をしているが、乗っているのはバイクではなく大きな黒い馬……どこか薄汚れた灰色の印象的な脚。

 

 

「アレクサンドラ……?」

 

 

何故そう思ったのかは謎だった。

 

 

ただ―――

 

 

その馬はあの占い師、ソフィアさんのテントに繋がれていた馬と酷似していた。

 

 

距離にして五メートル程。その長くも短くもない距離を挟んで俺たちはしばらくの間対峙していた。

 

 

どれだけ経ったろう。数秒…??或は数十分かもしれない。

 

 

どちらからともなく言葉を発したのは―――

 

 

「Hello.Nice to see you again.(また会ったわね)」

 

 

レディーブラックスワンだった。

 

 

「何で!何で秋矢さんの馬を狙った!」

 

 

俺が怒鳴ると、女は心外そうに唇を尖らせる。

 

 

「He's dissight.

(目障りだったからよ)」

 

 

「どういう意味だよ!秋矢さんがあんたに何かしたのかよ!!」

 

 

「For nothing.

(別になにも)」

 

 

「じゃぁ何で!目的は何なんだよ!」

 

 

俺がさらに勢い込むと、女は赤い唇に人差し指を置き

 

 

「Purpose――――?

(目的――――…?)

 

 

Lure someone out into the open.

(あなたをおびき出すためよ)」

 

 

狙いはオータムナルさまじゃなく……俺―――……

 

 

「I thought you were running after me.Sure?

(あなたなら絶対追ってくると思った。そうでしょ?)

 

 

 

Mr.Kurusu.

(ミスター来栖)

 

 

 

 

 

 

 

 

“How's the weather in LA now?”

(“LAの気候はどう?”)」

 

 

 

 

 

 

 

 

その質問に俺は目を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.366


 

 

あの口紅のメッセージの

 

 

今、目の前に居るレディブラックスワンが引いている口紅は

 

 

Diorの№999――――なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

な、何か答えなきゃ―――……

 

 

「あ……」

 

 

唇を動かすと同時だった。

 

 

 

 

 

 

「紅――――!!!

 

 

 

大丈夫か!!怪我は!?」

 

 

 

 

 

 

 

オータムナルさまの声が聞こえてきて、ヤズィードに乗ったオータムナルさまが茂みを掻き分けてお姿を現した。それに一瞬気を取られた。

 

 

ザッ!

 

 

その一瞬の隙をついて葉の擦れる音が聞こえてきた、と思ったら

 

 

レディブラックスワンは森のさらに奥へと馬を走らせていた。

 

 

「紅、これ以上追うな!

 

 

迷ったら二度とこの森から出られないぞ」

 

 

オータムナルさまに止められ、けれど止められなくたって………

 

 

 

俺は彼女が去った後をじっと見つめたが―――

 

 

追うことは

 

 

 

 

 

できなかった。

 

 

 

 

 

P.368<→次へ>


コメント: 0