Autumnal

夜明けの紅茶


 

 

 

「紅―――」

 

 

オータムナルさまがそっと俺の頬を包み込んだ。

 

 

顔が近づいてきて、濃密な紅茶の香りが鼻孔をくすぐる。

 

 

そのまま口づけされるのかと思って目をゆっくり閉じると、彼は俺の目の下にそっとキス。

 

 

うっすらと目を開くと

 

 

「海の味がする」

 

 

オータムナルさまが美しいお顔で微笑んでいて、俺と同じように親指の腹をそっと頬に滑らせた。

 

 

俺も―――泣いていたようだ。

 

 

「……勘違いしないでほしいのですが、俺……あなたがステイシーに似てるから

 

 

好き、とかじゃない……

 

 

俺はあなたを―――あなた自身を―――」

 

 

言いかけた言葉は今度こそ口づけによってかき消された。

 

 

「良い。分かっておる」

 

 

オータムナルさまの手がそっと俺の両頬を包み込む。

 

 

「お前は最初から私自身を見てくれていた。私だけを愛してくれていた。

 

 

私の地位や財産ではなく、私の心が欲しい―――と言ってくれた。

 

 

そんな人間

 

 

 

私ははじめて出会った」

 

 

優しい手。

 

 

温かい―――

 

 

目を閉じる。

 

 

キスの雨が降り注ぐ。

 

 

互いに手を取り、どちらからともなくベッドに倒れた。

 

 

トサッ

 

 

背中が柔らかなマットレスに沈む。まるで羽毛に抱かれているようだ。

 

 

プチ、プチ…

 

 

と小さな音がしてオータムナルさまが俺のワイシャツのボタンを外すのが分かった。

 

 

それを手伝う意味で、僅かに上体を起こしオータムナルさまの手に指を絡めると、俺は自らボタンを外した。

 

 

 

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綿素材のワイシャツが腕を滑り落ちる。

 

 

剥き出しになった肩先にオータムナルさまの口づけが降りてきて、再びマットレスに身が沈んだ。

 

 

肩先に落ちてきたオータムナルさまの唇はひんやりとした。

 

 

その冷たさに一瞬ぴくりと肩が動く。

 

 

「お前の……

 

 

肌は、まるでホットミルクのようだ。

 

 

滑らかで、それでいて温かい」

 

 

オータムナルさまが俺の肌をぺろりと舐め上げ

 

 

「ひゃ」

 

 

変な声が出た。

 

 

オータムナルさまはくすくす喉の奥で笑い

 

 

「甘い。砂糖の味がする」と言って唇をぺろり。

 

 

んなバカな。

 

 

 

 

「冗談だ。海の味がする―――

 

 

どこか懐かしく感じるのは、人間だからだろうか」

 

 

 

そう。

 

 

あなた様の瞳の色のように深い深い海は、全ての生命を生み出した母。

 

 

無言で口づけを交わしていると俺の脚とオータムナルさまの脚が絡まり、

 

 

暖炉にくべた薪が燃えるパチパチッと言う音に混じり、いやらしい衣擦れの音が耳朶をくすぐる。

 

 

「怖がることはない。私に全てを委ねろ」

 

 

きゅっと手を握られて俺は、こくん……小さく頷いた。

 

 

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オータムナルさまが僅かに起き上がりスーツのジャケットを脱ぎ去った。

 

 

その上着を乱暴な仕草で放り投げると、煩わしい何かを振り払うようにネクタイをむしり取る。

 

 

その仕草でさえ、どこかワイルドに見えてぼぅっと見惚れてしまう。

 

 

きっと……

 

 

触れなくても分かる。俺の中心部は彼の魅力の前にすでにそそり立っていて、後方の入口は物欲しげに熟している気すらする。

 

 

オータムナルさまがワイシャツを脱ぎ去り、芳醇なアールグレイを思わせる紅茶色の―――見事な筋肉に包まれた肢体が露わになった。

 

 

その美しい上半身を直視できず、気恥ずかしさを紛らわすため俺はその間自らズボンのベルトに手を掛け、おずおずとバックルに手を這わせた……

 

 

ところで、はっ!となった。

 

 

慌てて降ろしかけたズボンを摺り上げると、俺の上に跨ったオータムナルさまが怪訝そうに眉をしかめた。

 

 

「何故、脱いだものをまた着る」

 

 

「いえ………あの…」

 

 

もごもご口の中で答えようとすると、オータムナルさまの手が俺の上げたズボンを無理やり下げようとする。

 

 

「嫌になったか?」

 

 

口調は優しかったけど……あの…言葉と行動が比例してませんよ!

 

 

ぐいぐい脱がされそうになって、俺は慌てた。

 

 

はじめての夜だと言うのに、色気もへったくれもない。

 

 

堪らず俺は

 

 

「シャ…シャワー浴びてないから!!」

 

 

ズボンの端を握って、大声で抗議。

 

 

 

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オータムナルさまは、きょとんと目をまばたきさせ

 

 

「……そんなこと、気にしてるのか…」

 

 

ふっと小さく笑った。

 

 

「そんなことじゃありませんよぅ!だってはじめてなんだし、きれいな体でしたいって言うか」

 

 

俺が唇を尖らせると、

 

 

「女のようなことを言うんだな、お前は」とオータムナルさまが微笑みながら俺の頭をそっと撫で上げる。

 

 

じゃ、じゃぁ…シャワー浴びさせてくれるの??

 

 

と言う意味でいそいそと起き上がろうとすると、再びオータムナルさまに肩先を押されて俺はベッドに逆戻り。

 

 

「私は気にしない。お前の全てが今すぐ欲しい。それにお前はシャワーを浴びなくとも

 

 

美しい」

 

 

全てが欲しい―――

 

 

って言われると、嬉しいけど……

 

 

「お、俺が気にするんですぅ!!」

 

 

と抗議の声も虚しく、オータムナルさまは俺のズボンを俺の脚から剥ぎ取った。

 

 

は…早業っっ

 

 

ダークグレーのボクサーが露わになり、下着の上からでも分かる……俺の中心がすでに頭をもたげている様がはっきりと分かるほど、稜線を描いていた。

 

 

カァ…!

 

 

欲望を剥き出しにした自分のそれを見ただけで、顔から火が出そうになる。

 

 

「もうこんなになっておるではないか。可愛い男だ、お前は」

 

 

オータムナルさまが満足そうに微笑み、俺のその部分にそっと手を這わせる―――

 

 

寸前、

 

 

「あの!」

 

 

俺はまた手を挙げた。

 

 

 

 

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オータムナルさまの手は、俺の中心に触れる寸前、変な風に宙ぶらりんになって止まった。

 

 

なかなかその場所にたどり着かないのに焦れたのか、

 

 

「今度は何だ」とオータムナルさまが眉間に皺を寄せ低く問いかける。

 

 

こ…怖っ…

 

 

「あの…せめて靴下だけでも脱いでいいですか?このままじゃ変態っぽい」

 

 

とにかく俺の気持ちを落ち着かせるための時間が欲しい、と何とか言い訳を考える。

 

 

手を挙げたままおずおずと申し出ると、

 

 

「……お前は……どうして私を焦らすのだ。どこでそんなテクニックを覚えてきた。

 

 

姉上か」

 

 

とちょっと睨まれる。

 

 

ステイシーが??

 

 

「ま、まっさかぁ。俺、結構せっかちな方で…」

 

 

言いかけて、またもはっ!となった。慌てて両手で口を押える。

 

 

「ほぉ。では私と気が合うな」

 

 

オータムナルさまは意地悪そうにニヤリと笑った。

 

 

俺のバカぁ!!墓穴掘ってどーすんだよ!

 

 

一人慌てていると、オータムナルさまは俺の足元に屈んで、俺の足から靴下を丁寧にはぎとった。

 

 

露わになったつま先が、冷たい空気に触れてひんやりと冷たい。

 

 

オータムナルさまは俺の右足を取ると、

 

 

な……何をする気だろう…

 

 

ドキドキしている俺の心情を知ってか知らずか、うっすら笑い、次の瞬間―――――

 

 

俺の親指を口に含んだ。

 

 

「ちょっ!ちょっと待って!!!シャワー浴びてないし、き、汚いです!」

 

 

さすがにそれはない!

 

 

慌てて起き上がろうも、

 

 

オータムナルさまの舌先が俺の足の指の先や、指と指の間を舌先でつついたり、口にすっぽり含んだり、と言う動作をする度、唾液がそこに絡まるいやらしい音が聞こえてきて

 

 

それだけではなく、彼のぬるりとした舌先が俺の指の先をぬめぬめと舐めとると、それだけでビリビリと腰の裏が疼いて

 

 

「あ……」

 

 

俺の喉は小さくのけぞった。

 

 

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「お前の性感帯は、この場所にもあるのだな」

 

 

オータムナルさまは俺の反応を愉しむように、執拗にその場所を舐めてくる。

 

 

「し……知らなかっ………ん……」

 

 

だって、そんな場所舐められたの、はじめてだし―――

 

 

やがてオータムナルさまはそこを攻めるのに満足したのか、俺の足の裏をくすぐりだした。

 

 

これには参った。

 

 

「……ちょっ!……あはは!くすぐっった!!!……やめっ!……ふふっ」

 

 

やめてぇえええええ!

 

 

笑いながら最後の叫び声を挙げたそのときだった。

 

 

ズルっ

 

 

俺の脚がオータムナルさまの思いのほか力強い手で引き寄せられ、背中がシーツの上を滑った。

 

 

「わっ」

 

 

予想もしてなかったことに驚きに声を挙げて見下ろすと、すぐ近くにオータムナルさまの顔があった。美しいそのお顔を間近で見ると……こんなときだからだろうか、妙に照れくさいのは俺だけだろうか。

 

 

「どうだ?ちょっとは緊張が解けたか……?」

 

 

ちょっとだけ心配そうに眉を寄せたオータムナルさまはそっと囁いた。

 

 

緊張……?

 

 

ぶんぶん、俺は肯定の意味で慌てて頭を縦に振った。

 

 

「そうか。良かった」

 

 

オータムナルさまはそっと俺の頭を撫で、満足そうに微笑んだ。

 

 

オータムナルさまのなさることはちゃんと意味があって―――今でも俺のこと、ちゃんと考えてくれている。

 

 

俺は―――彼に何ができるだろうか。

 

 

ちょっと考えて、俺はオータムナルさまの頬を両手で包み、自らキスをした。

 

 

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ふいうちのキスにオータムナルさまがちょっとだけ気を抜いた、その隙に俺は―――

 

 

唇でオータムナルさまを押すと、彼の肩に両手を置いて彼をそっと倒した。

 

 

トサッ

 

 

小さな音がして、さっきと態勢が逆転した。

 

 

今はオータムナルさまが下、俺が彼に跨っていると言う状態だ。

 

 

何をするのか不思議がっているオータムナルさまに「へへへ」と笑いかけ、俺は彼のズボンのベルトのバックルに手を掛けた。

 

 

「何をしようと言うのだ」オータムナルさまが下から目だけを上げて怪訝そうに見つめてくる。

 

 

「俺一人こんなかっこは恥ずかしいので脱がせようか、と」

 

 

えへらえへら笑ってバックルを外すと、遠慮がちに俺はズボンを摺り下ろした。

 

 

「自分でできる」

 

 

と俺の手を阻もうとするが、CIAの握力舐めんなよ。

 

 

ズボンの下、何だか分からないがブランドのロゴが入った黒いボクサーが現れ、それすらもずり下ろした。

 

 

きれいな骨盤の骨で盛り上がった肌を下って行くと、やがていかにも触り心地の良さそうな豊かな茂みへと続く。

 

 

そしてその下には―――

 

 

俺は思わず

 

 

ごくり……

 

 

喉を鳴らした。

 

 

俺とは比べものにならない立派なものが上向きにそそりたっている。

 

 

これが……俺の後ろの入口に入るのかと思うと、ちょっと怖い気もするけど……でも……俺は

 

 

 

 

オータムナルさまと一つになりたいんだ。

 

 

 

 

 

 

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おずおずとその場所に顔を近づけると、俺は彼の先端にチュッと口づけをした。

 

 

「何をする」

 

 

オータムナルさまが少し慌てた様子で起き上がろうとしたが、

 

 

「黙って」

 

 

しー……と言う意味で唇に指を立てるとオータムナルさまは唇を結び目をまばたいた。

 

 

どんな風にしたらいいのか分からないけど、とりあえず口に含んでみる……

 

 

ステイシーが俺にしてくれたときのことを思い出して……って、読者の皆様大変失礼いたしました(謝)

 

 

先端を口に含むと、

 

 

「………ふっ……」

 

 

オータムナルさまの首がのけぞった。

 

 

良かった……やり方は間違ってないようだ。

 

 

俺は口に入れたまま、さらに奥まで口を滑らせた。そのまま上下させてみる。

 

 

俺の唾液で彼の中心が滑り、いやらしい水音を立てている。

 

 

「……く………紅っ……」

 

 

オータムナルさまが俺の頭をそっと撫で髪を掻き回す。

 

 

だんだん俺の方も慣れてきたのか、最初のぎこちなさが少しだけ薄れ、その場所を強く吸ったり、裏筋を舐め上げてみたり……

 

 

やがてオータムナルさまの先端にねっとりとした液が絡まり、俺の口の中にも何とも言えないほろ苦さが広がった。

 

 

「もう…良い」

 

 

オータムナルさまは俺を強引に引きはがすと、今度こそ起き上がった。

 

 

俺……やり方マズったかな……

 

 

オータムナルさまに満足していただきたかっただけなのに……

 

 

口元を押さえてシュンと項垂れていると

 

 

ふわり

 

 

オータムナルさまがまたも俺の頭をぽんぽん。

 

 

「お前には……いつも驚かされるよ。だが

 

 

――――嬉しかった」

 

 

オータムナルさま……

 

 

正座したまま彼を見上げると、再び視線が空中で絡まり深い深い口づけが降りてくる―――

 

 

オータムナルさまの俺の両頬を包んでいた手は、やがて顎のラインをなぞり、指先がそっと首筋に降りてきて、鎖骨へと続いた。

 

 

触れられているだけなのに、彼の指先が織りなす不思議な感触にまたも腰の後ろがそわそわと落ち着かない。

 

 

そのまま胸元へと降りて行ったオータムナルさまの指先は、やがて胸のかざりへと到達した。

 

 

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胸の突起に軽く触れられると、びくり……今度は大きく腰がのけぞった。

 

 

オータムナルさまはその場所へ顔を近づけると、目を伏せた。

 

 

「お前のここは―――

 

 

まるで日本の―――美しい桜のようだな。

 

 

幼きころ、父上に……見せていただいた。かの美しい土地、京での桜だ」

 

 

それは―――君蝶さんとの想い出の土地なのですか?

 

 

そう問いたかったが、質問する前に先端をまたも口に含まれ俺の声は喉から出ることがなかった。

 

 

代わりに

 

 

「……あ……」

 

 

甘い嬌声が口からこぼれ出る。

 

 

オータムナルさまは俺のポイントを探るように、丁寧に丁寧にその場所を舌で転がしたり、舌先でつついたり、またはすっぽりと口で含んでみたりと言う動作を繰り返していた。

 

 

「………ん……ぁ」

 

 

口から出る甘い吐息に、俺自身恥ずかしくなって思わずオータムナルさまの背中をぎゅっと抱き寄せると、オータムナルさまは空いた手で俺の下着の中へと手を入れた。

 

 

胸の突起へ繰り返される甘い甘い愛撫の中、俺の中心が彼の手によって包まれたとき

 

 

「………あ」一段と大きな声が出た。

 

 

下半身に血が集中し、下腹がじんじんしている。俺の先端は自分でも分かるほどしっとりと濡れていて、オータムナルさまの手を僅かばかり汚しているだろう。

 

 

けれどオータムナルさまは気にした様子もなく

 

 

「紅―――濡れてる。もうこんなになって」

 

 

オータムナルさまは愉しそうにうっすら笑い、そのまま俺の後ろの入口へと指を移動させていった。

 

 

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オータムナルさまは俺の下着を丁寧にはぎとると、そのまま俺の両脚を開かせた。

 

 

あまりの恥ずかしい恰好に顔から火が出そうになった。赤くなった顔を見られたくなくて思わず両手で顔を覆うと

 

 

「紅―――……お前は何と可愛い……」

 

 

オータムナルさまが俺の脚の付け根にそっとキス。彼の指先が黒い茂みを優しく撫で、やがて後方に回った。

 

 

そのまま指が俺の入口をかりかりと弾く。

 

 

だがしかし、今度ばかりは俺も気持ち良いとは思えず……何年か前の……あるいはカイルさまのときの恐怖が一瞬だけ頭をよぎった。

 

 

「紅―――……力を抜きなさい」

 

 

俺の太ももを優しく撫で上げながら、オータムナルさまの指先が後ろの入口に当てられる。

 

 

その感触に、俺の体がまたも大きく震えた。

 

 

「大丈夫……大丈夫だから……」

 

 

オータムナルさまはまるで小さな子供に言い聞かせるように俺の頭を何度も撫で、やがて細くて長い指が

 

 

つぷん

 

 

小さな音を立てて侵入してきた。

 

 

「あ!」

 

 

言いようのない異物感に、内壁がぎゅうぎゅうと閉まり、侵入物を押し返そうとするのが分かる。

 

 

ほんの僅かな痛みと内臓を圧迫するような苦しさに息が乱れる。

 

 

「……く……オータム……ナル…さまぁ……」

 

 

泣きそうになりながら俺は彼の肩に縋り、オータムナルさまは

 

 

「深呼吸を……」

 

 

耳元で甘く囁かれ痛みの中、俺は小さな子供のように、ただ言われた通り吸って吐いての深呼吸を繰り返した。

 

 

オータムナルさまのおかげで少しばかりこの痛みに慣れつつあったとき、オータムナルさまがさらに奥へと進めた指先が

 

 

最奥の……ある場所を掠めた。

 

 

その瞬間、

 

 

つま先から頭のてっぺんまで電流が流れ込んだようにびりびりと走り、腰が一段と大きく震えた。

 

 

 

 

 

「………ぁあっ!………」

 

 

 

 

 

 

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悲鳴のような声が喉から……いや、腹の底から沸き上がる。

 

 

まるで電流が俺の体を通り抜けたような、感じたことのない強烈な快感が雷のように俺の体を打つ。

 

 

オータムナルさまの指がその場所を攻める度、俺の悲鳴は途切れ途切れに…やがてそれは泣き声に変わっていった。

 

 

限界が近づいてきているのは分かり切っていた。もう下腹部がじんじんと痛い…どころか甘い鈍痛となって欲望の放出を促している。

 

 

その瞬間、まるで焦らすようにゆっくりと指が抜かれた。俺の欲望は放出を免れ、快感が腹の底から漣のように凪いでいく。

 

 

「もうだいぶ慣れた頃だろう……」オータムナルさまが俺の耳元でくすぐるような甘い声で囁く。

 

 

それが何を合図しているのか分かっていたが、とにかく放心状態だった俺はそれに何かを答えることができずバカみたいにこくこく頷くことしかできなかった。

 

 

頃合いを見計らってか、オータムナルさまが俺の後ろの中心に自らの中心をあてがう。

 

 

指とは違って体積も圧迫感も違うその大きさに俺の息がひゅっと鳴った。息が止まるかと思った。

 

 

俺の中心は恐怖と不安で体積を失って行く。だらりとしたそれを宥めるようにオータムナルさまが優しく包み込むが、すっかり元気を失ったそれはオータムナルさまの手の中でも大きくなることはなかった。

 

 

「紅、良い子だから力を抜いて…深呼吸を…」彼はまた俺を宥めるように優しく囁いた。言われた通りゆっくり……まるで小さな子供のようにそれに集中して深呼吸を深く浅く繰り返す。

 

 

やがて彼の中心がゆっくりと俺の中に侵入してきた。ズブズブと音を立ててゆっくりと侵入してくるそれに、俺の体が今までの快感とは違った痛みに包まれた。

 

 

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俺の体はオータムナルさまの侵入物という者を追い出そうと内壁が縮まる。

 

 

それに抗うよう、「……紅…お前の中は何ときつい……」オータムナルさまが眉間に皺を寄せ、額に汗を浮かべる。

 

 

「……す…すみませ……」何とか答えるのが精一杯。

 

 

「謝ることはない。お前の体が―――とても美しいと言うことだ」

 

 

オータムナルさまは微笑みを浮かべて俺の頬をそっと撫でる。目だけを上げると、オータムナルさまは俺の目尻にそっと指の腹を乗せまたゆっくりと何かを拭った。

 

 

それが俺の涙だと知ったのは、数秒後のことだった。

 

 

オータムナルさまは指の腹に舌を這わせ

 

 

 

 

 

「紅――――海の味がする」

 

 

 

 

 

切なそうに、或は悲しそうにそっと囁いた。

 

 

オータムナルさまは俺の体を反転させると、俺の背中に彼の体が覆いかぶさった。背中に彼のぬくもりをいっぱいに感じる。

 

 

侵入物は慎重に慎重に……俺の最奥へと進む。

 

 

ギチギチと入口が悲鳴を挙げているようだったが、俺はぎゅっと目を瞑ってその痛みをやり過ごすことにした。

 

 

目尻から涙の粒が浮かんではその水滴が零れ落ち、俺の頬を流れ顎に伝い落ちる。オータムナルさまが言った通りそれは僅かな潮の味がした。

 

 

浅く深く呼吸を繰り返し、やがてオータムナルさまのそれが先ほどの快感のポイントを掠めていったとき、俺は再び悲鳴を挙げた。

 

 

オータムナルさまの手の中でそれがゆっくりと…だが確実に体積を増していく感覚が分かった。

 

 

オータムナルさまが腰を引き、その場所への快感が薄らいでいくと下腹部に感じた心地良い痛みがゆっくりと凪いでいく。

 

 

「やめないで」と言う意味で頭をゆっくりと振ると、再びその場所へオータムナルさまの先端が突いた。今度はかすめる程度ではなく、しっかりとその場所に当たったのが分かる。

 

 

「……ぁ…ぁあ……ゃっ……」

 

 

俺の中心はすっかり体積を取り戻し、またもじんじんと下腹部が痛む。

 

 

オータムナルさまは俺の中心を背後から優しく包み込みながら、背中の―――傷がある辺りにそっと口づけ。

 

 

「紅、動いてよいか……」

 

 

低く囁かれて、俺はもはや言葉も返すことができずぶんぶん頭を縦に振るしかできなかった。

 

 

 

P.521


 

 

オータムナルさまが動く度に、ギシッギシッっとベッドが小さく鳴る。強く握ったシーツにはたくさんの皺が寄っていた。

 

 

俺は目の前に広がるシーツの海を涙で滲んだ視界で捉え、それがまるで津波のような快感に頭の中が真っ白になる感覚と混在してきた。

 

 

もう何が何だか分からず脳も身体もシーツも、そして―――オータムナルさまの体も全てがぐちゃぐちゃに溶けて一体化している不思議な感覚に溺れそうなとき

 

 

オータムナルさまの体積がはっきりと分かるほど硬く増した。

 

 

一層硬くなったそれを咥えている部分が切れて、そこから血が流れそうな……いや実際流れ落ちていたのかもしれない。その場所がぬるぬると何かの液体で湿っていることが分かった。

 

 

だがそんなことさほど気にならないほど、オータムナルさまに握られたそれがもう爆発寸前とばかりに痛みを伴っている。

 

 

オータムナルさまが動きを速めた。

 

 

「…あ……ぁ……や……もうっ…無理で…す……」

 

 

限界を訴えるように泣きながらオータムナルさまに懇願すると、オータムナルさまは再びチュっと俺の背中にキス。

 

 

 

 

 

「紅、お前はなんと美しい―――天使のようだ。

 

 

一緒にゆこう。

 

 

 

 

 

天(そら)よりも高い場所へ」

 

 

 

 

 

 

      ヨ  高   ノ 場  へ

 

 

 

 

 

そこがどこだか分からなかったが、オータムナルさまとだったらどこまでも飛んでいける気がした。

 

 

ゆこう。

 

 

ここじゃないどこかへ。

 

 

二人だけの世界へ――――

 

 

 

 

 

 

二人で果てるその瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

「紅、

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっとずっと欲しかった――――オータムナルさまのお言葉を

 

 

聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.522


 

 

 

『Kou……Kou―――――』

 

 

 

愛おしい人の声が聞こえた。

 

 

うっすらと目を開けると、目の前に――――ずっと逢いたかった人の顏があった。

 

 

俺の顔に掛かる豊かなプラチナブロンド。花のような甘くも清々しい香りは“彼女”が愛用していたフレグランスだ。

 

 

『ステイシー?』

 

 

彼女の名前をそっと呼ぶ。

 

 

彼女の頬に手を当て、その体温をぬくもりを手のひらいっぱいに感じられるよう何度も何度も撫で包み込んだ。

 

 

『会いたかった……ずっと―――ずっと

 

 

君を探していた』

 

 

『You have found me.

(見つけてくれたじゃない。あなたは私を―――)

 

 

 

I also wanted to see you.

(私も会いたかった―――紅に)

 

 

So you can go with confidence.

(だからね……安心して逝けるの)』

 

 

ステイシーが海を連想させる深いブルーの瞳をゆらゆらと波のように揺らして切なそうに目を瞬いた。

 

 

『行くってどこへ………?ステイシー、せっかく会えたのにまた勝手に消えるの?俺を置いて―――』

 

 

『Wrong. 

(違うわ、紅)

 

 

I am watching you at any time.

(私はあなたをいつでも見ている)

 

 

And I am watching you forever with the new treasures you got.

(そしてあなたが新しく手に入れた宝物と一緒にあなたをずっとずっと永遠に―――見守っているわ)』

 

 

宝物……――――

 

 

俺は一体何を手に入れたと言うのだ。

 

 

俺にとって宝は君だけなんだよ。俺の唯一の――――

 

 

 

 

 

 

 

唯一の………?

 

 

 

いや違う……

 

 

 

 

俺は失ったわけではなかった。

 

 

手に入れたのだ。この手で―――

 

 

 

 

 

 

 

 

P.523


 

 

 

 

「紅」

 

 

 

 

 

 

 

―――誰かが俺を呼んでいる。

 

 

 

 

―――――そうだ………『彼』は俺の光なんだ―――

 

 

俺は君たち姉弟に

 

 

 

 

 

 

救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オータムナルさま

 

 

 

 

 

愛しています。

 

 

 

いつか、この身が滅びようと

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの傍に居たい

 

 

 

 

 

 

 

オータムナルさま

 

 

 

 

今度こそ、永遠にさよならだ

 

 

 

 

 

ステイシー

 

 

 

 

 

 

―「愛してるわ、私の子猫ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

P.524


 

 

……だから子猫ちゃんてのは止せよ。

 

 

つっても俺が教えたんだっけね、その日本語。

 

 

ステイシーは「さよなら」とは言わなかった。俺がその日本語を教えていなかったと言いたいが、語学能力の長けていた彼女は知っていたに違いない。

 

 

だって―――望めば俺は君の顏、君のぬくもり、君の体温、君の香りをすぐに思い出せるから。

 

 

ぬくもりよりも熱い、確かな血の流れを受け継いでいるオータムナルさまが傍に居てくれるから。

 

 

俺を包んでくれるから。

 

 

ああ…

 

 

オータムナルさまは何て温かい……

 

 

ずっとこのぬくもりに包まれて眠りたい。朝は好きだったけれど、彼のこの心地よい体温に包まれて眠るのは悪くない。

 

 

あったかい――――……

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

――

 

 

 

 

てか……

 

 

「暑っっ!!!」

 

 

異常な程の暑さで目が覚めて布団を蹴飛ばそうとしたら、俺の脚は宙に弧を描いて、ふわりと体が浮いた。

 

 

……次の瞬間

 

 

ドタッ!!

 

 

俺は派手にベッドから転げ落ち、一体何が起きたのか分からず開いた目をぱちぱち。

 

 

したたか腰と頭を打ち、目の奥で光がチカチカしていたが、素早く状況判断させられるのは、もう癖……と言うか職業病だな↓↓

 

 

視界には白くて高い天井が広がっている。窓でもあるのだろうか、そこから漏れる光がそれらをきらきらと輝かせていた。

 

 

とりあえず、身の危険が及ぶ状態でないことは確かだ。

 

 

「ここはどこ?」

 

 

間抜けな質問が口から飛び出て、次の瞬間ぬっと視界に琥珀色の何かが横切った。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、紅」

 

 

 

 

 

言うまでもなく、その琥珀色の何かはオータムナルさまの腕で、

 

 

キングサイズのベッドの真ん中、オータムナルさまの腕枕で寝ていた筈なのに、どうしてベッドから転げ落ちるのか……自分の謎過ぎる寝相に思わず頭を抱えた。

 

 

これじゃ夜明けのコーヒーがぶち壊しだ!

 

 

 

P.525


 

 

俺…割と寝相は良い方だったのに…

 

 

ステイシーが言うには俺はいびきもかかないし、寝言も言わないし、寝相も悪い方ではないらしい。

 

 

確かに彼女と寝る際、必ず俺の腕枕で彼女は眠り、朝起きても同じ態勢だった。それに何の違和感を覚えたこともない。

 

 

な・の・に!!

 

 

何でっ!!

 

 

オータムナルさまと一番最初の夜を共に過ごして、一番最初の朝を迎えようとしているときに何故!!

 

 

ベッドから落ちる、俺!!

 

 

これじゃロマンチックな朝が台無しだよ!

 

 

しかも素っ裸でベッドの下で転がっているっていう状況、どうよ。間抜けにも程がある。(幸いにも俺の腰にはシーツが巻き付いていて、大事な部分は隠されていたが)

 

 

「大丈夫か、紅……私が抱きしめていると、暑い暑いとうわごとを呟きながらお前はベッドを転がっていったが……

 

 

まさか落ちるとは…」

 

 

オータムナルさまが呆れる…と言うより不思議そうに首を傾けている。

 

 

転がっていった??そう言うことか……

 

 

俺、寒さには割と強いけど(極寒の地の任務が多かったから)でも暑さにはてんで弱い。

 

 

だから亜熱帯の地域の任務を避けていたのだが……

 

 

 

 

 

「あのぅ……失礼を承知でお聞きしますが、オータムナルさまの平熱はどれぐらいなのですか?」

 

 

「平熱?97.7℉だが……」

 

 

97.7℉(華氏)……つまりは

 

 

「摂氏に換算すると、36.5℃……どうりで……」

 

 

俺の体温もそれぐらいだから……暑い筈だ。

 

 

「流石だな、計算が早い」オータムナルさまは妙なところで感心。

 

 

「こー見えてCIAですから」

 

 

オータムナルさまの腕が伸びてきて、俺を助け起こそうとしてくれている。その紅茶色の手に縋ろうとしたときだった。

 

 

 

 

 

音もなく、すぐ近くでオータムナルさま以外の何者かの気配を感じとった。

 

 

 

 

 

P.526


 

 

俺はオータムナルさまの手を取ることなく、素早く身を起こすと近くにあったナイトテーブルの上から恐らく飾り物だろう、いかにも高価そうなブロンズ製の天使の像を手にした。

 

 

オータムナルさまのお部屋の前では常に衛兵が控えている。何事か騒ぎがあったら流石に衛兵たちが気づくだろうし、何かしらの反応があってもおかしくない。しかし部屋の外はしん…と静まり返っている。

 

 

声も出せない程素早く彼らを“片付けた”のなら別だが、それならもっと最悪な事態だ。

 

 

だがしかし、

 

 

 

 

 

「congratulations.(おめでとう)

 

 

How about tea at dawn?(夜明けの紅茶はいかが?)」

 

 

 

 

 

未だに聞き慣れない……女性にしてはちょっと低めの声(英語だからか?)に、俺は目の前で、食事が乗せられているであろうワゴンを押しながら、言葉とは裏腹に、さも呆れたと言わんばかりの表情を浮かべた沙夜さんの姿を見てほっと一息ついた。

 

 

沙夜さんはここでの『伊集院 沙夜』もとい“沙夜姫”のいでたちで、いつもの和服姿だった。ただ髪はきちんと結ってあったし、こう見たら高級クラブのママみたいな感じだ。

 

 

何かエロ……

 

 

いやいや、色っぽい……

 

 

てかそんなこと考えてる場合じゃないって!

 

 

「沙夜さん!?どうやってここに?」

 

 

「言葉通りよ。私はただお茶を運んできただけ。“正室”が皇子の寝所に向かうのに理由は必要?」

 

 

言葉通り………ぜってぇ嘘だよ、それ。だって今から“仲良く”みんなでお茶でもしましょ?って雰囲気に見えねぇし。

 

 

「沙夜…」と、オータムナルさまも驚いていらっしゃる様子。

 

 

「その質問の前に何か着たら?仮にも皇女さまの御前よ?」

 

 

沙夜さんは顔に無理やり、と言った具合で苦笑を浮かべ手にしていたローブを俺に放り投げる。

 

 

それを宙で受け取ったところで……気づいた。

 

 

 

 

俺、素っ裸じゃん!!!!

 

 

 

 

しかも皇女さまって!?

 

 

沙夜さんの登場にびっくりし過ぎていて、彼女の後ろに隠れるようにして顔を赤くして立っていたマリアさまの存在に気付かなかった俺。

 

 

ホント……何やってんだよ、俺↓↓

 

 

 

P.527


 

 

「平和ボケ?羨ましい限りだわ」

 

 

沙夜さんは全くの無表情で言って何だか分からないがいかにも高級そうなポットからティーカップへと紅茶を注ぎ入れている。

 

 

俺は両手を挙げてあたふた。

 

 

「こ、これには…!ワケがあって!!」ごにょごにょ言い訳しようとしても、沙夜さんに一切の言い訳を許されそうにない俺。軽く手を挙げ手の平を俺に向けてくる。

 

 

「Shut up!(お黙り!)」と一喝されて、その場で固まった。

 

 

俺……昨日沙夜さんのお別れのハグした仲だよな……あんなに皇子さまとの仲を応援(?)してくれてたのに……

 

 

「そんな(お粗末な)モノ見せないで」と口が動く。どうやら沙夜さんは俺らがナニをしていたのかにはあまり興味が無い様子。この格好に苛立っているのだ。

 

 

変わりといっちゃなんだがマリアさまはこっちが恥ずかしくなるぐらい顔を真っ赤にさせて俺から目を逸らそうと必死だ。

 

 

「す、すすすすすみません!!」

 

 

顔を真っ赤にさせて、慌てて前を隠す。

 

 

 

 

 

俺が慌ててローブに腕を通していると、

 

 

「甘い朝を邪魔して悪いわね」と一言前置き。てか、絶対『悪い』なんて一言も思ってないよね!

 

 

「でも、そう、うかうかしてられないわよ、紅。マリアさまの体調がまだお宜しいときに、一刻でも早く安全な国外へお送りをしなければ」

 

 

そう―――だった……マリアさまのご懐妊がオータムナルさまと沙夜さんが知ることになった今、マリアさまの安全を第一に考えなければ。

 

 

 

P.528


 

 

「マリアを国外へ!?」

 

 

同じくローブに腕を通していたオータムナルさまはその手を止めて、目を開いた。

 

 

もう何度繰り返しただろう、このやりとり。いや、マリアさまを国外へお送りすることは初めて提案したんだけどね、でも何て言うか……もう分かっちゃうんだよ、この人の言うこと。

 

 

それこそツーカー的な??

 

 

 

 

「ならぬ!」

 

あ、やっぱ言ったし。

 

 

「Why?」

 

 

沙夜さんの目尻がほんの僅かつり上がる。普段はおっとりと優しい“沙夜姫”だったときとは想像すらできなかった、こっわいお顔に何故か俺が直立不動。

 

 

たった一言なのに、この人実はオータムナルさまより秋矢さんより怖いんじゃ……

 

 

マリアさまもこの怖い沙夜さん……もとい“SY”に慣れていらっしゃらないご様子で、身を固くして俯いている。

 

 

「オータムナルさま……ここは沙夜さ…いや、俺“たち”の考えに従ってください。マリアさまとこの国の安全を第一にお考えになるのなら…」

 

 

「『俺“たち”』だと?紅、お前は私の命令よりも沙夜と“組む”方を優先させろ、と言うのか。

 

 

いくら我が愛妹姫のマリアを救った恩人であろうと、その女の態度は気に入らぬ!」

 

 

「いやっ!違っっ!!」

 

 

「じゃぁ何だと言うのだ」

 

 

俺……オータムナルさまと喧嘩したいワケじゃないのに……何て言うか、俺の考えを分かってくださらないこのもどかしさ。

 

 

「あーもぅ、ごちゃごちゃ煩いわね。貴方はこの国を背負う大事な人物だって言う自覚、ナシなの?もうちょっとマシな男かと思いきや、とんだ我儘坊やだこと」

 

 

沙夜さんは決して声を荒げず、表情も変わらなかった。けれど腹の底まで響きそうな力強い言動。

 

 

その迫力にオータムナルさまは唇を噛んだ。返す言葉も浮かばないようだ。

 

 

俺だって、長年SYとネット間で話してた関係だから、“SY”がどうゆう人物なのかは知ってる……ゆえ、何も言い返せない。しかも沙夜さんの言ってること、正しいから尚更だ。

 

 

マリアさまは、俺たちのやりとりをただおろおろと見守っている。

 

 

俺たち四人の間で不穏な沈黙が押し寄せた。これじゃ『夜明けの紅茶』の砂糖より甘い甘~い時間も台無しじゃん。

 

 

と、ちょっと泣きたい気持ちになっていると

 

 

 

「マリアはどこへもやらぬ」

 

 

 

 

オータムナルさまが最初に沈黙を破った。

 

 

P.529


 

 

俺には、オータムナルさまがどうしてそこまでマリアさまを国外へお送りすることを拒むのか分からなかった。

 

 

オータムナルさまは御子を次世にお残しすることが不可能なお体だ。ゆえに今は直系である、マリアさまに縋るしかないのに。

 

 

オータムナルさまは誰より国の平和と安泰を案じておられる筈なのに―――

 

 

だからこそ

 

 

分からな……

 

 

 

 

 

「私は――――……

 

 

 

 

実の姉上を失った」

 

 

 

 

 

その発言は、唐突に彼の口から発せられた。

 

 

一瞬だけ俺がマリアさまの方へ目を向けると、マリアさまは沙夜さんの着物の袖にきゅっと縋って唇を噛んだ。

 

 

きっと沙夜さんがマリアさまにお話したんだろう。姉の存在が露わになったことに、特に驚いたご様子はなかったが、酷く―――辛そうだ。

 

 

ギシッ

 

 

俺は―――今、この瞬間

 

 

彼が何を考えているのか

 

 

 

 

 

分かっちゃったんだ。

 

 

 

 

 

オータムナルさまは

 

 

マリアさまを愛している。

 

 

 

 

 

信頼できるたった一人の肉親、家族を―――

 

 

 

 

 

 

失いたくないんだ。

 

 

そう、それは

 

 

 

 

 

言い知れない

 

 

 

 

 

 

恐怖

 

 

 

 

 

 

 

マリアさまをお手元に置かれれば、それだけリスクが増すことをこの頭の良い人は分かっている。

 

 

でも、目の届かない場所で、たった独り異国の地で出産を迎える彼女の不安も

 

 

きっと気づいている。

 

 

オータムナルさまは、もう―――失いたくないんだ。

 

 

愛する人を。家族を―――目の届かない場所で―――

 

 

 

 

 

俺もだよ。

 

 

 

 

 

 

 

「オータムナルさま」

 

 

俺はそっと彼の頭を掻き抱いた。

 

 

 

 

 

「残りましょう」

「Stay here.」

 

 

 

 

 

俺と沙夜さんの声が重なり、

 

 

沙夜さんは―――ここにきて、ようやく俺が知る元来の“沙夜姫”の声に戻って、諦めたようにと息。

 

 

 

 

 

「計画変更ね。

 

 

 

プランBにしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

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