-GOLD- 二人のArthur物語
躍進
結局、関東大会で敗退した我が大学は約束通り剣道部を廃部。
だけど浅田の活躍が認められたのか、“部”としての活動はできないものの“同好会”として活動することを認められた。
あの古い道場もそのまま使っていいと言う事だ。
同好会は大学から部費が出ないから、完全に同好会員の持ち寄りだし、大きな大会にも出られないが、メンバー誰一人として欠けることなく、浅田についてくると言ってくれた。
ただ浅田の怪我が完治するまで、同好会は活動休止。部員が浅田の怪我を心配してのことだった。
そして俺たちは、今―――あの道場に来ていた。
開け放たれていた道場に足を踏み入れると、
「ぅわ~!凄い!!見てみて浅田っ!」
俺はすぐ後ろに立つ浅田を振り返ると、浅田はふっと涼しく笑った。
「凄い銀杏だな。誰も掃除しなかったから」
そう、開けっ放しになっていた道場の床には銀杏の葉が風で吹かれて、
黄金の絨毯が敷かれていた。
「今日からここが浅田の王国だな。黄金の王国。気持ちい~♪」
俺は嬉しくなって思わず銀杏の絨毯の上に寝転んだ。
「ガキみてぇなことしてんなよ」
と苦笑しつつも、浅田も俺の隣に横になる。
すぐ隣に並んだ浅田の、清々しい汗の香りが香ってくる。
何となく横を見やると、浅田は目を閉じて口に淡い笑みを浮かべていた。
“部”が無くなったのに、清々しい表情だった。
その横顔はやっぱり凛々しくて―――
ドキリと心臓が鳴る。
やっぱり俺、浅田のこと好きだ。
P.34
「浅田が好きなもの。
“剣道”それから“ハチミツ”」
俺は指を折って呟いた。
「何だよ突然」
浅田がちょっと笑って顔をこっちに向ける。
俺はその顔を真正面から真剣に見つめて、
「俺が好きなもの。
浅田 洸希」
そっと囁いた。
浅田が切れ長の黒い瞳を見開く。
「……ごめん、気持ち悪いよね。
でも俺、やっぱこのまま気持ちを伝えずに居るのはイヤだったんだ。
嫌われても、もう口を利いてもらえなくても、
伝えずにはいられなかった。
逃げてばかりの俺に、闘うことを教えてくれたお前に
どうしても伝えたかった。
この気持ちからは逃げたくなかったんだ」
剣を取れ
アーサー王よ。
その名に恥じぬ生き方をせよ
貫け
進め
前進あるのみ
P.35
浅田は目を開いてしばらくの間硬直していたが、やがてゆっくりと俺から顔を逸らした。
想像していた反応だからそれほどのショックを受けなかったものの、
やっぱりズキリと心臓が痛む。
いいんだ、これで
すべてはここから始まったから
終わらせるのもここで、って決めていたから。
だから……
でも思ったよりクるな。
はじめての恋だったのに、あっさり敗れた瞬間―――
浅田も試合に敗れたとき、こんな気持ちを抱いたのだろうか。
痛くて
痛くて、痛くて―――
悲しい
でも、後悔はしてない。
そう思っていると、すぐ近くにあった浅田の手がおずおずと俺の手に伸ばされ、
遠慮がちに俺の手を握ってきた。
あったかい骨ばった大きな手のひら。
――――…え…
「ずるいよ、お前」
「え………?」
「訂正。強いな、お前。
俺がずっと言えなかったこと、お前が先に口にするとは」
え―――……?
浅田は精悍な顔にちょっと赤い色を浮かべて、ジーンズのポケットから何かを取り出した。
それは銀杏の葉っぱだった。
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「これ、お前が頭にくっつけてた銀杏の葉。試合のときお守りにして、
道着の中に入れてた。
ま、結果負けたケド。
ってか俺がゲン担ぎとか?そんなキャラじゃないから、慣れないことして神様も気持ち悪かったんだろうな」
浅田は声をあげて笑う。
そう言えば―――俺が控え室に入ると、浅田は何かを隠していた。
あんなに大事そうに見つめて、俺の声も聞こえないほど真剣に見つめていた―――
俺はてっきりペアリングだと思ったけど。
その後別れた発言を聞いて、それが何なのか問いただす余裕もなかったんだ。
「図書館でお前が熱心に読書する姿、ランニングのときに見かけた。
最初は俺の好きなハチミツの色の髪に目がいって、目立つやつだなって、それぐらいだったけど、
だんだん―――
そこを通るとき、お前の姿を目に入れれるのが嬉しくなった。
姿勢を正して、夕日に輝くお前の髪の色がきれいに反射して
ページを見つめるまなざしが優しくて。
知りたくなった。近づいてみたくなった。
でも男なのに―――
そのとき彼女もいたし、そんな気持ちを抱くのが間違ってると思って、剣道で紛らわしていたのかもしれない。
あのときの俺は―――剣道に打ち込むことで
この気持ちに蓋をしようと思ってた
その矢先にお前が俺に声を掛けてきて、俺のことあれこれ心配してくれて励ましてくれて
俺はそれに救われた」
浅田の手がぎゅっと力強く俺の手を握る。
まるで離れていかないように、と必死になっているように思えた。
離れていかないよ。俺は―――
それに
救われたのは俺の方だ。
そう言う意味でぎゅっと手を握り返す。
「まぁそんなワケで彼女にフられたんだ。自業自得っちゃそうだけどな」
浅田はカラカラと笑う。
「俺もお前が好きだよ。
誇り高き、キングアーサー
心優しき王
お前が居てくれたから、俺は
部が無くなっても後悔してない
お前が最後の悲しみまで受け止めてくれたから
もう悲しくない」
P.37
「俺と一緒に新しい国を作ろうぜ?アーサー。お前も今日から剣道同好会の部員ね。
俺が居れば魔法使いに襲われずに済むし、お前の大好きな本はここで読めばいい」
そう言われて引き寄せられ、胸がドキリと強く打つ。
ご…強引だなぁ。
でも
その強引なところも好きなんだよ。
爽やかな汗を一層近くで感じて、鼓動が早まる。
「お前もアーサーじゃん」
照れ隠しでわざと浅田の肩を小突くと、
「じゃ、実でどうだ?」
浅田はまたも軽く笑い声をあげた。
「それならいいよ。……こ、洸希」
おずおずと名前を呼ぶと、
「でもさぁ国に二人も王様は要らねんじゃないか?お前は姫だ。
俺の妃だ」
“俺の妃”って嬉しいのか、嬉しくないのか。
「はぁ?何で俺が女なの」
「知らなかった?俺結構肉食だぜ?付き合った相手には誠実だけど、その分手も早い」
ぎゅっと引き寄せられて、頬にちゅっとキスされる。
触れるだけの軽い口付けだったけれど、それだけで俺はびっくりしてカァと顔に血が昇るのが分かった。
「すっげぇ可愛い反応だな。もしかして付き合ったことない?」
と浅田は目をぱちぱち。
「わ、悪い?」と口を尖らせると、
「じゃ、俺がお前のはじめての男ってわけか♪
大事にするよ」
浅田と二人ぎゅっと手を握り合い、浅田は目を伏せて淡い笑みを浮かべる。
手を握られているだけでも何だか凄く幸せで、あったかくて、気持ちがふわふわと心地よくて
俺も隣でゆっくりと目を閉じた。
黄金の絨毯の上―――
すぐ隣に同じ名前を持つ、愛しい人が居る。
大嫌いだったけれど、今は大好きな名前
アーサー
今日から俺たち二人の新しい国が
黄金時代が
はじまる
P.38
冬の夜
キミへの気持ちを窓に託しました
たった一言が言えない私は臆病者ですか?
でも今はこれが精一杯
雪に想いを
『次はお天気コーナーです。今日から明日にかけて低気圧が日本の南を発達しながら東北東に進み、明日には日本の東に進む見込みです。
関東甲信地方では今夜から雨が次第に雪に変わり、あす午前中にかけて山沿いを中心に、平野部でも積雪となる所がある見込みです。雪による交通障害、架線や電線、樹木等への着雪、路面の凍結に注意してください』
今朝のワイドショーのお天気キャスターの言葉を思い出したのは、勤めている会社の定時を迎え業務を終えたときだった。
「えー!やだっ!雪降ってるじゃん」と誰からともなく声が挙がり
「ホントだー、私傘持ってきてない」
「どうりで冷えると思った」
と同僚たちが次々と口にする。
またも誰かが「せっかく彼氏に買って貰ったバッグが濡れちゃう」と言い出し、それでもちっとも困った様子ではなく、どこか誇らし気だ。
そしてその周りの女子たちが盛んに羨ましがる。
「いいなー、でもあたし今度のクリスマスにダイヤの指輪ねだっちゃうんだー」と一人の女の子。
「いいなー!」黄色い声に、私は苦笑いを浮かべるしかない。ここでの男の年収と、女の品格は反比例する。いかにいい服を着るか、いかにいいバッグを持つか、いかにいい男を彼氏にするか、年中こんな会話でうんざりする。
かと言って輪に加わらないわけにはいかない。仕事とプライベートの内容こそ比例するのだ。
P.1
「仁科《にしな》さんはいつも素敵な服着てますよね」ふいに一人から話題を振られた。
「えっ、そう?」私は曖昧に笑って言葉を濁した。今日の服装は白いタイトワンピ。腰回りに太いベルトが巻き付いていて、ちょっと豪華に見えるゴールドのバックルがワンポイント。
そして同じくゴールド系のスパンコールが襟元に入ったコートを腕にかけて帰りたいアピール。
シンプルな服装だったけど、流石は目が肥えている女子たち。すぐにそれが高価なものだと見破った。女のチェック程厳しいものはない。私がオシャレをするのは対、男ではなく、彼女たちの為。
「仁科さんてぇ、結婚しないんですかぁ」間延びした話し方が赦されるのはこの年代の特権だ。
「結婚ね……相手がいないから」私は適当にごまかして再び言葉を濁した。
こう言っておけば大抵の女は引き下がる。私が長い間、人付き合いをしてきて、これが最良の方法だと知ったのはつい最近のこと。
私がこの会社に勤めはじめて五年になる。この会社での女性正社員では長いほうだ。後から派遣された若い女の子たちから見れば私なんてお局のようだった。
「そう言えばぁ仁科さん、この前見ちゃったんですぅ」一人の女の子が思わせぶりに口元へ手をやった。
短く切った髪にはパーマがあててあり、傍から見ればマシュマロのように可愛らしい女の子だ。
だが、そんな可愛らしさに惑わされてはいけない。女はいつでも顔の下にしたたかな一面を隠しているのだから。
P.2
「何を?」私は平静を装って取り澄ました。
もしかして“アイツ”と居る所を見られた?と思ってドキリとしたが
「この前の金曜日、青山のイタリアンレストランで、経理の前田さんと一緒にいるところぉ」
ああ、そっちか。とちょっとほっと安堵する。
「ええー!!」周りから黄色い声が飛ぶ。私は思わず頭を押さえたくなった。
そう、確かに経理の前田に誘われて先週の金曜に青山まで行った。
でも食事をしただけで、別に艶かしい関係ではない。だが、ここで重要なのが、経理の前田という男、この会社ではなかなかのハンサムでしかも独身、きさくな性格をしているわりには頼れる上司でもあるのだ。そうゆう男を若い女性社員が放っておくわけがない。
「いいなー、ねえお二人って付き合ってるんですか?」
食事をするイコール男女の関係と、どうして若い子たちはそう短絡的なのだろう。私はこの場から逃げ出したくなった。だけど、この場から立ち去ると認めたことになってしまう。
「別に、ただお食事に誘われただけよ」
「うそー、絶対前田さん仁科さんのこと狙ってるわよぅ。だって、あたしたちがいくら誘っても全然だったのよー。それなのに前田さんは仁科さんのこと」
嫉妬心と羨望の眼差しで見られ、私は思わず後ずさり。
何とか前田との話を切り返し、従業員出入り口から女子の群れに混ざって出てきた所だった。
遠くで派手なエンジン音が聞こえてきて、この狭い路地裏へと近づいてきた。この聞き慣れたエンジン音。私は嫌な予感がして思わず一方通行の標識を見つめた。
「よーう、仁科」黒のポルシェの窓から腕を出し、銜えタバコをしながら九条《くじょう》が手を振っている。
「やっぱり」
私は、今度こそ頭痛をこらえるように頭をしっかりと押さえた。
P.3
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
でも勘違いしてもらっては困る。私はこいつの客じゃない。東京を離れていたのも、大方客の一人と遠征旅行でもしていたのだろう。
「違っ!こいつとは単なる腐れ縁。彼氏とかじゃないから」
と慌てて否定するも秒の単位で噂が回るこの会社で明日の朝には『仁科さんて、ホストに貢いでるらしいよ』とあちこちで言われるに違いない。
くらり、と眩暈が起きた。
腐れ縁、と言うのは間違いない。中学からの同級生だから。
「じゃあ、本命は前田さんですかぁ?」女の子達が興味津々で目を輝かせている。
「前田??ひどいなー、仁科ぁ。俺たち何度もセック……もがっ」
最後の方が言葉にならなかったのは私の手が九条の口を塞いだから。
ふざけんな!何言い出すんだこいつぁ!!
空気読めっつうの!
と言うことを目で訴えると、流石に冗談が過ぎたと思ったのか九条は苦笑い。
「で?行くの?行かないの?」せっかちに聞かれて
「わかったわよ!行くわよ」半ば怒鳴るように九条を睨みつけると、私はそそくさと助手席に回った。
「それじゃ、私はこれで。お先に」女の子たちにはなるべく平静を装って、にこやかに手を振る。
ため息をついて車の助手席を開けると、運転席から九条が笑顔で手を差し伸べてきた。
「ただいま、仁科」
昔とちっとも変わらない笑顔。眉が下がり、目を細める、優しい笑顔。そして時々その低い声で呼ばれる、自分の名前。何だかくすぐったいが、この笑顔を向けられたら、たとえ九条の勝手に振り回されても、赦せてしまう。
「……おかえりなさい」私は俯くと、小さく返事を返した。
P.5
前述した通り私と九条とは中学からの付き合いだ。かれこれ十年以上の付き合いになる。十年、と言う歳月は長く感じられるけれど、その間に音信不通になったり、そしてどこからか連絡先を入手して電話を寄越して来たり、をだらだらと繰り返している。
でも、私たちははっきりと『付き合って』はいない。もちろん九条のブラックジョークの『体の関係』もない。
あるのは中学生から変わらないノリと
私が九条のこと「好き」
と言うことだけ。歳を重ねて、九条がホストになって……あ、今はホストじゃなくホスト店を経営してるオーナー様でもあったかしら。とにかく環境は変わったものの、不変的な何かは確実に存在している。
パワーウィンドウの外をちらほらと雪が降っていた。
「北海道行ってきたんだ~土産に蟹買ってきてやったぞ」と九条は運転しながらどこか楽しそう。
「北海道……ここより雪が多そうね」ぼんやりと呟きながら、九条に気づかれない程度にこっそりと、外気との差で曇った窓ガラスに、人差し指で
『好き』
と書く。
私の書いた文字は私の体で隠れて九条からは見えない。
「蟹すきしようぜ~、お前んちで」
「何であんたを一々上げないといけない?」
言い合いをしながら、やがて私のマンションに着く頃にはみぞれになった大粒の白いものが私の『好き』をかき消す。
「だってお前んち床暖あるじゃん?」
「そんな理由かよ」
中学生から変わってないこの関係とノリ。
今はまだ―――
この関係でいいや。
~FIN~
P.6