C'est la vie!
高校受験生のあたしは、片思いしてる男の子を想いながらも勉強に費やす日々。来る日も来る日も勉強、勉強、勉強!「もういやっ!!」ってなるけど、でも憧れの彼と同じ高校行くため頑張る!!・・・・・・けど、でも不慮の事故から幽霊になっちゃった!?
しかも何故か憧れのあの彼も一緒に幽霊!?
成仏しようと憧れの彼と一緒にゴーストライフをはじめるけど、大御所幽霊のクロウさんと、謎の美人ゴースト・ブリトニーの登場に、ハッキリ言って成仏どころじゃない!?
どうなるあたしの未来!
先輩と僕。
先輩は仕事がデキる
先輩は厳しい
先輩はよく怒る
先輩は嫌われてる
でも
先輩は可愛い
先輩が好き
でも
・
・
・
先輩は好きになっちゃいけないひと
僕には好きな人が居る。
―――それは、絶対に好きになってはいけない人。
「遠藤~、お前まぁた倉本女史に怒られてたよな。大丈夫かぁ?」
昼の休憩時間、社員食堂でたまたま一緒になった、同僚二人から声を掛けられ僕は目だけを上げた。休憩時間は残り十分程だ。
倉本女史と言うのは僕の直属の上司で、僕が働く広告代理店の営業ウーマンでもある。
美人で仕事ができて、クールで。
「でもあれだけ美人でももったいないよな。クールって言やぁ聞こえはいいけど、冷た過ぎ、ついでに言うとキツ過ぎ」
「あの人のパワハラのせいで何人も同期たちが辞めてったよな。お前で3…4人目?」
パワハラ??まぁ言い方キツイし、厳しいけど僕はそれ程ダメージを受けてはいない。
何故なら僕が好きな人は倉本先輩なんだから。僕のたった三歳上の27際なのに営業部のエースにしてすでに主任を任されている。
「出世街道まっしぐら、だよな。でも、あれで結婚してるって言うから驚き」
「いくら美人でもあれじゃ俺も家に帰り辛ぇわ」
そうなのだ。僕の好きな倉本先輩は結婚している。細くてきれいな左手薬指にはまっている、ダイヤが散りばめられたプラチナのリング。
あれが憎らしくて仕方がない。
けど倉本先輩を奥さんにするぐらいの伴侶なら、彼女以上のスペックがあるに違いない。だって今の僕には逆立ちしたってあんなきれいで豪華な指輪をプレゼントすることすらできない。
ついでに言うと倉本先輩に与えられた仕事もまともにこなせない。言わばお荷物状態だ。
P.1
「遠藤くん。休憩二分過ぎてるわよ」
突如として現れた倉本先輩の登場に、噂話をしていた同僚たちが顔色を青くする。倉本先輩は僕のすぐ後ろに突っ立ってファイル類とビジネスバッグを片手に腕時計をしきりに気にしている。
きっと同僚たちの悪口も聞こえていたに違いないのに、顔色一つ変えない。
この後、倉本先輩と同行してクライアントの会社に向かう予定だった。
「す、すみませ!」慌てて席を立ち上がろうと、
「いいわ。キミを待ってると時間に間に合わないから。さっき頼んだモニターの統計、データにして私のPCに送って。そうね、私の移動時間も考えて十分以内」
「は、はい!」
僕は直立不動。
倉本先輩はまとめた黒い髪の一筋も乱れもなく颯爽と行ってしまう。
「遠藤、ガンバ…」
「あれじゃぁお前も大変だな」
と、同僚たちには同情されたが、僕はそんな言葉が耳に入ってこなかった。
さっき……倉本先輩が立ち去るとき、きれいにまとめた夜会巻きの髪から一筋…そう、ほんの一筋だけ後れ毛が彼女の白く細い首を滑っていた。それに見惚れていた。
同僚たちも含め、周りは僕に同情的だ。
「遠藤くん、この数字間違ってたわよ。やり直して。五分以内に」
「遠藤くん、さっきの電話のやり取りは何?あれじゃクライアントに不信感を与えるだけよ」
「遠藤くん、コピーの枚数間違ってるわ。キミはまともにコピーも取れないの?」
――――
――
「お前も良くやるよ。倉本さんの直属で、もったのお前が最長。半年!記録更新だな」と同僚は人事だと思ってからかい半分。
そりゃ時々…ほんの一瞬イヤになるときはあるさ。けど、倉本先輩の顔を見るとどうしても憎めない。
憎むべきは、彼女の左手薬指に光っている指輪だけだ。
でも
プライベートのパートナーは望めなくても、せめてビジネスパートナーとして肩を並べたい。
……なんておこがましいかな。
P.2
そんなある日
僕は倉本先輩に頼まれていた書類の統計に悪戦苦闘中、定時になってどんどん退社する社員たちを見送りながら一人黙々と書類作成に掛かっていた。倉本先輩は外回りで確か直帰だった筈だが、約束の21時までに彼女のPCにメールを送るよう言いつけられている。
ヤバっ!あと二十分もない!
あせあせとPCに向かっていると
「あら、遠藤くん。まだ残ってたの?」
と、予想外の倉本先輩の声が聞こえて僕はキーボードを走らせる手を休めて顔を上げた。
慌てて時計を確認すると20:47
「す、すみませ!急いでやりますね!」と再びキーボードに向かおうとすると
倉本先輩は小さくため息。
ああ、僕は倉本先輩から言付けられたことすら出来ないでいる。彼女の隣にビジネスパートナーとして並べるのは一体いつなんだろう。
と、自分に嫌気を覚えていると
「ちょうど良かった。呑みに行かない?その書類、クライアントが急いでないって言ってたから、明日に回しても大丈夫だから」
突如として現れた、僕にとってはラブアクシデントに目を瞬いていると
「行くの?行かないの?」と倉本先輩が腰に手を当ててせっかちに言う。
「い、行きます!」僕は慌てて席を立った。
P.3
倉本先輩が連れてきてくれたのは会社の近くの安っぽい居酒屋だった。
「ここ、私の行きつけ」なんて言って、これまた安っぽい暖簾を慣れた動作でくぐる。僕は正直拍子抜けした。だってあの倉本先輩だよ?もっとおっしゃれ~なイタリアンとかフランス料理とか、似合いそうなのに。
「ビールでいいよね、いける?」と倉本先輩はメニューも見ず、ビジネス口調で言って僕は慌てて頷いた。
最初は何を話そうか、そわそわと落ち着き無かった僕だが、倉本先輩はその日良く喋った。
アルコールは強いのか、生ビールを4杯、焼酎ロックを3杯、ウィスキーのロックを二杯いったところで、珍しく倉本先輩は愚痴をこぼした。
「知ってるわよ、私が会社で嫌われてるってのは。キミの同僚も噂してたでしょ」
と同意を求められ、僕は頷いていいのやらいけないのやら。
「上司はねー、経費削減できないのかってあれこれ言って来るし、新人は育たないし。私の指導がいけないんだって言われるし」
あーもー……
と言いながらうな垂れた頭から、またもほつれ毛を発見。酒の力もあるのだろうか白い首がほんのりピンク色。
凄く―――色っぽい。
P.4
流石にそれだけ酒を開ければどんなに強い人でも酔うだろう。
「もう遅いので帰りましょう」と僕が切り出したのは深夜も0時は回っていた。
「明日も仕事があるし」と僕が言うと
「明日も?」倉本先輩は若干とろんとした目でまばたき僕を見上げてくる。
ぅわ!その視線ヤバイんだって!
と、僕だけが理性と戦ってる。
「明日も遠藤くんは私の傍で働いてくれるの?」
そう聞かれて、僕は大きく頷いた。
「ありがと」ふっと倉本先輩は涼しく笑った。
あ………やっぱ
好きだ。
どんなことを言われようと、どんなことで怒られようと
この気持ちに変わりはない。
危うい手つきで会計を済ませ、倉本先輩をタクシーに乗せたはいいけれど先輩はシートに腰を下ろした瞬間、首を揺らして船を漕いでいる。
心配になって僕が送っていくことにした。
決して下心があったわけじゃない。だって家に帰れば倉本先輩には旦那さんが―――
倉本先輩の呂律の回らない危ういナビで何とか彼女のマンションに到達して、何故か僕が彼女を抱える形になって部屋まで案内してもらう。これまた危うい感じで鍵を取り出し、扉を開けると、そこは
真っ暗ながらんどうだった。
いや、完全ながらんどうではない。ダンボールがいくつも積みあがっていて、家具などは何もない。生活感はまるで感じられなかった。
え―――……?
思わずマンションの部屋の廊下でへたり込んでいる倉本先輩を窺うと、彼女はほんのわずか乱れた前髪を掻き揚げ
「先月、離婚したの。旦那は……訂正、正しくは元旦那は出てった。私もここを引き払うつもり」
その事実に耳を疑った。
「でも……指輪」
そこを気にしていた僕は変態かと思われそうで慌てて口を噤んだが
「あー…何となく?別に未練とかはないんだけどね。突然指輪が無くなったら、とうとう三行半つきつけられたか?とか噂されるじゃない」
倉本先輩はまるで少女のようにふわふわ笑った。
「いや、それ笑えないし」
「だよねー……あーあ、私何もかも中途半端。仕事もダメ、家庭もダメ。こんな女誰も好きになっちゃくれない」
倉本先輩はズルズルと壁を滑り、とうとう廊下に寝転んだ。
P.5
僕はそんな倉本先輩の顔を覗き込みながらそっと彼女の髪からまとめたピンを取り去った。
ふわり、と黒い髪が梳かれ床に優雅に流れる。
「先輩、俺は
そんな先輩が好きなんです―――
頑張ってるあなたが
好きなんです。
だから中途半端なんて言わないで」
彼女の耳元でそっと囁くと、先輩は「ん~?」とうわごとをもらし気持ち良さそうに目を伏せとうとう眠りに入ったようだ。僕は着ていたスーツの上着を彼女の肩にそっと掛け
マンションを後にした。
―――次の日
「遠藤くん、この数字間違ってるわ。やり直し…」
「はい!十分以内にメール送ります!」
僕が倉本先輩の言葉を先回りして言うと、彼女は赤い唇にちょっとだけ微笑を浮かべた。けれどすぐ表情を引き締めるとまたもふいと顔を逸らしてピンヒールを鳴らして行ってしまう。
けれど彼女が立ち去る瞬間聞こえた。
「いつからそんなに成長したのよ、
俺なんて言っちゃって。オトコの顔見せてるんじゃないわよ」
僕は喉の奥でくすっと笑みを漏らした。
昨日のこと覚えてんじゃん。
俺頑張っちゃうよ??
~END~
雪に願いを
冬の夜
キミへの気持ちを窓に託しました
たった一言が言えない私は臆病者ですか?
でも今はこれが精一杯
雪に想いを
『次はお天気コーナーです。今日から明日にかけて低気圧が日本の南を発達しながら東北東に進み、明日には日本の東に進む見込みです。
関東甲信地方では今夜から雨が次第に雪に変わり、あす午前中にかけて山沿いを中心に、平野部でも積雪となる所がある見込みです。雪による交通障害、架線や電線、樹木等への着雪、路面の凍結に注意してください』
今朝のワイドショーのお天気キャスターの言葉を思い出したのは、勤めている会社の定時を迎え業務を終えたときだった。
「えー!やだっ!雪降ってるじゃん」と誰からともなく声が挙がり
「ホントだー、私傘持ってきてない」
「どうりで冷えると思った」
と同僚たちが次々と口にする。
またも誰かが「せっかく彼氏に買って貰ったバッグが濡れちゃう」と言い出し、それでもちっとも困った様子ではなく、どこか誇らし気だ。
そしてその周りの女子たちが盛んに羨ましがる。
「いいなー、でもあたし今度のクリスマスにダイヤの指輪ねだっちゃうんだー」と一人の女の子。
「いいなー!」黄色い声に、私は苦笑いを浮かべるしかない。ここでの男の年収と、女の品格は反比例する。いかにいい服を着るか、いかにいいバッグを持つか、いかにいい男を彼氏にするか、年中こんな会話でうんざりする。
かと言って輪に加わらないわけにはいかない。仕事とプライベートの内容こそ比例するのだ。
P.1
「仁科《にしな》さんはいつも素敵な服着てますよね」ふいに一人から話題を振られた。
「えっ、そう?」私は曖昧に笑って言葉を濁した。今日の服装は白いタイトワンピ。腰回りに太いベルトが巻き付いていて、ちょっと豪華に見えるゴールドのバックルがワンポイント。
そして同じくゴールド系のスパンコールが襟元に入ったコートを腕にかけて帰りたいアピール。
シンプルな服装だったけど、流石は目が肥えている女子たち。すぐにそれが高価なものだと見破った。女のチェック程厳しいものはない。私がオシャレをするのは対、男ではなく、彼女たちの為。
「仁科さんてぇ、結婚しないんですかぁ」間延びした話し方が赦されるのはこの年代の特権だ。
「結婚ね……相手がいないから」私は適当にごまかして再び言葉を濁した。
こう言っておけば大抵の女は引き下がる。私が長い間、人付き合いをしてきて、これが最良の方法だと知ったのはつい最近のこと。
私がこの会社に勤めはじめて五年になる。この会社での女性正社員では長いほうだ。後から派遣された若い女の子たちから見れば私なんてお局のようだった。
「そう言えばぁ仁科さん、この前見ちゃったんですぅ」一人の女の子が思わせぶりに口元へ手をやった。
短く切った髪にはパーマがあててあり、傍から見ればマシュマロのように可愛らしい女の子だ。
だが、そんな可愛らしさに惑わされてはいけない。女はいつでも顔の下にしたたかな一面を隠しているのだから。
P.2
「何を?」私は平静を装って取り澄ました。
もしかして“アイツ”と居る所を見られた?と思ってドキリとしたが
「この前の金曜日、青山のイタリアンレストランで、経理の前田さんと一緒にいるところぉ」
ああ、そっちか。とちょっとほっと安堵する。
「ええー!!」周りから黄色い声が飛ぶ。私は思わず頭を押さえたくなった。
そう、確かに経理の前田に誘われて先週の金曜に青山まで行った。
でも食事をしただけで、別に艶かしい関係ではない。だが、ここで重要なのが、経理の前田という男、この会社ではなかなかのハンサムでしかも独身、きさくな性格をしているわりには頼れる上司でもあるのだ。そうゆう男を若い女性社員が放っておくわけがない。
「いいなー、ねえお二人って付き合ってるんですか?」
食事をするイコール男女の関係と、どうして若い子たちはそう短絡的なのだろう。私はこの場から逃げ出したくなった。だけど、この場から立ち去ると認めたことになってしまう。
「別に、ただお食事に誘われただけよ」
「うそー、絶対前田さん仁科さんのこと狙ってるわよぅ。だって、あたしたちがいくら誘っても全然だったのよー。それなのに前田さんは仁科さんのこと」
嫉妬心と羨望の眼差しで見られ、私は思わず後ずさり。
何とか前田との話を切り返し、従業員出入り口から女子の群れに混ざって出てきた所だった。
遠くで派手なエンジン音が聞こえてきて、この狭い路地裏へと近づいてきた。この聞き慣れたエンジン音。私は嫌な予感がして思わず一方通行の標識を見つめた。
「よーう、仁科」黒のポルシェの窓から腕を出し、銜えタバコをしながら九条《くじょう》が手を振っている。
「やっぱり」
私は、今度こそ頭痛をこらえるように頭をしっかりと押さえた。
P.3
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
「仁科、今終わりか?これから飯でも食わねー?」
この状況を知らずに能天気に笑ってるその整った横っ面に今すぐ張り手を食らわせたい。
「あ、あんたいつ東京に戻ってきたわけ?」私は女の子の群れから一人離れると、九条の車に近づいた。
「あー、悪い。三日ぐらい前かな?この前言ってた日本料理屋行こうぜ」
「あんたっていつも何で急なのよ」
私が声を潜めて九条を睨んでいるときだった。
「えー、仁科さんの彼氏さんですかぁ?かっこいい!」
女の子たちの視線が九条に移った。予想していなかった最悪の事態。
上半身しか見えなかったが、今日の九条は黒いジャケットの中に白いカットソーを着ていて、真冬だって言うのに襟ぐりに濃いサングラスをかけている。いつものように髪をラフにセットしてあって、左耳には輪っかのようなピアスが三つ光っていた。
そう
どこからどーみてもこいつは
ホスト。
P.4
でも勘違いしてもらっては困る。私はこいつの客じゃない。東京を離れていたのも、大方客の一人と遠征旅行でもしていたのだろう。
「違っ!こいつとは単なる腐れ縁。彼氏とかじゃないから」
と慌てて否定するも秒の単位で噂が回るこの会社で明日の朝には『仁科さんて、ホストに貢いでるらしいよ』とあちこちで言われるに違いない。
くらり、と眩暈が起きた。
腐れ縁、と言うのは間違いない。中学からの同級生だから。
「じゃあ、本命は前田さんですかぁ?」女の子達が興味津々で目を輝かせている。
「前田??ひどいなー、仁科ぁ。俺たち何度もセック……もがっ」
最後の方が言葉にならなかったのは私の手が九条の口を塞いだから。
ふざけんな!何言い出すんだこいつぁ!!
空気読めっつうの!
と言うことを目で訴えると、流石に冗談が過ぎたと思ったのか九条は苦笑い。
「で?行くの?行かないの?」せっかちに聞かれて
「わかったわよ!行くわよ」半ば怒鳴るように九条を睨みつけると、私はそそくさと助手席に回った。
「それじゃ、私はこれで。お先に」女の子たちにはなるべく平静を装って、にこやかに手を振る。
ため息をついて車の助手席を開けると、運転席から九条が笑顔で手を差し伸べてきた。
「ただいま、仁科」
昔とちっとも変わらない笑顔。眉が下がり、目を細める、優しい笑顔。そして時々その低い声で呼ばれる、自分の名前。何だかくすぐったいが、この笑顔を向けられたら、たとえ九条の勝手に振り回されても、赦せてしまう。
「……おかえりなさい」私は俯くと、小さく返事を返した。
P.5
前述した通り私と九条とは中学からの付き合いだ。かれこれ十年以上の付き合いになる。十年、と言う歳月は長く感じられるけれど、その間に音信不通になったり、そしてどこからか連絡先を入手して電話を寄越して来たり、をだらだらと繰り返している。
でも、私たちははっきりと『付き合って』はいない。もちろん九条のブラックジョークの『体の関係』もない。
あるのは中学生から変わらないノリと
私が九条のこと「好き」
と言うことだけ。歳を重ねて、九条がホストになって……あ、今はホストじゃなくホスト店を経営してるオーナー様でもあったかしら。とにかく環境は変わったものの、不変的な何かは確実に存在している。
パワーウィンドウの外をちらほらと雪が降っていた。
「北海道行ってきたんだ~土産に蟹買ってきてやったぞ」と九条は運転しながらどこか楽しそう。
「北海道……ここより雪が多そうね」ぼんやりと呟きながら、九条に気づかれない程度にこっそりと、外気との差で曇った窓ガラスに、人差し指で
『好き』
と書く。
私の書いた文字は私の体で隠れて九条からは見えない。
「蟹すきしようぜ~、お前んちで」
「何であんたを一々上げないといけない?」
言い合いをしながら、やがて私のマンションに着く頃にはみぞれになった大粒の白いものが私の『好き』をかき消す。
「だってお前んち床暖あるじゃん?」
「そんな理由かよ」
中学生から変わってないこの関係とノリ。
今はまだ―――
この関係でいいや。
~FIN~
P.6